色々と考えながらも時は進み給食前。
珍しく教室で1人だったはなが俺の所に来た。
別に否定する理由はない。
席から立った俺は前の教卓の上に置かれていたワークとノートを見てから、重そうなワークを抱えた。
ノートを抱えたはなと教室を出る。
体育の余波で皆が暑いと言って冷房がつけっぱなしだったからか、廊下に出たら少し暖かくなった。
ゆるゆると冗談っぽく話すはな。
でも、その言葉は嘘偽りなく本心から言っていた。
本気でそう思っている。
最近は疲れ気味。
考えれば考える程、分からない答えに疲れている。
バレーの顔面直撃も十分なダメージだった。
そんなことを話しながら階段に差し掛かった時、突然目の前の景色がぐにゃりと曲がった。
あっ、これはヤバっ…
意識では踏み留まろうとしているのに更に視界は歪み体の力は抜けて言うことを聞かない。
結果……考えるまでもない、奇跡なんか起きるわけもなく普通に階段の最上段から落ちるだけ。
ワークを持ったまま前へと倒れる。
段の角に脛をぶつけ、顔をぶつけ、転がり落ちる。
階段の踊り場で止まったが、まだ視界は歪んでいた。
口の中を切ったのか、口の中に鉄の味が広がる。
体を動かせない代わりに倒れた原因を考えてみると、次々に浮かぶ。
なんて運の悪い…
そう言えば、結依の体育着探すの手伝って朝ご飯食べる時間なかったな…それにバレーボールで鼻血出してすぐに処置しないとなると…まぁ、こうなって当たり前のことか…
皆のワーク…凄い投げてしまった…変な折り目がつかなければいいが…
すぐに階段を降りてきたはなはノートを置くと俺に声をかけて周りを見回す。
そう言ってはなは立ち上がると階段を駆け上がって、この場からいなくなった。
給食前だからここら辺は誰も通らない。ノートの山と散乱したワークと踊り場で動けない俺…とかなり混沌とした状態になっている。
体を動かそうとしてみるが、動いて指先。
起き上がるなんて到底できない。
変に足掻かず大人しくはなが戻ってくるのを待った方が良さそうだ。
息が上がって暑いのか寒いのか分からない。
完全に貧血の症状でなんと言うか、情けなかった…
朔の声に首を少しだけ縦に動かす。
そう言って、朔は俺の膝裏と腰辺りに腕を入れると、ひょいと簡単にそのまま立ち上がった。
あぁ、これは朔に申し訳なさすぎる…
平熱が人より低い上に貧血で更に体が冷えているから朔の腕が凄い温かく感じる。
あまり感じることのない人の温もりは俺にとって一番不思議なものだった。
俺を保健室に連れて行って朔は戻った。
水を飲んで少しの間横になった俺はすぐに体調の方は良くなったが、気分は良くならない。
まだ体調が悪いと言って保健室のベッドで寝させてもらうことになった。
はなと美彩、か…
いつも和やかな雰囲気を放っている2人組だと思っていたが、案外その裏には……
プールで言っていた言葉を何度も思い出す。
『私は何もしない、何も知ろうとしない傍観者。自分の平穏“だけ”を守りたくて椿も柚も氷翠も見て見ぬふりという虐めを行った大罪人。』
はなは自らを大罪人と言い、全てを理解していた。
話しかけたいのに話しかけられない…女子は男子よりも闇が深い…まぁここは愛梨達に圧をかけられているって考えるべきか…
面倒臭いことになった、と言いたいところだが、こういうのってもう暗黙の了解で俺にできることはない。
集団行動をしがちな女子にとっちゃ、俺みたいな異質な存在は邪魔だろうな。
いずれ考えないといけないが今は体調を戻すことに専念するべき、ということにしよう…
差し込む光が橙色に染まっていた。
この時間に保健室の先生に起こされたあたり、もう学校が終わったのだろう。
まだ少し眠いけど、早く帰りたい気持ちが強い。
そう思い礼を言うと、俺は帰る為に保健室を後にしたのだった…
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。