『錬はいつも何が見えてる?』
そう聞かれた時、答えは常に決まっている。
男役をすることもあれば女役をすることもある。
中には成長が停止した大人の役だってあった。
妖精になれと言われたら妖精になる。
馬鹿になれと言われたら馬鹿になる。
全てを体験して舞台でもカメラの前にも立つ。
そうやって、役作りの為に体験とか勉強とかした先には何があるか。
答えは“何もない”。
全てを知って、全てがつまらなくなる。
机に置かれる菓子は子供が食べそうな物が多いが、意外とそうでない物もある。
飲み物も10歳ならオレンジジュースとかでいいのに何故か俺のは紅茶。
で、唯我のはオレンジジュース。
唯我と飲み物を交換して俺は少しだけ飲む。
元と言えばあのジジイのせいだ。
あのジジイに対抗心を持ったから自分で何でもできる奴になるって言っていろんなことを独学で取得した。
英語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語……計20ヶ国語、正直言ってこの歳でいつ使うのか分からない。
漢字と化学と社会…はまぁ今後役立つことはありそうだから構わないか。
あの時は先生に対して「何で引いてるの?」としか思わなかったけど、今となれば別だ。
幼稚園児が隣の子の質問に答える為に万有引力を計算から発見して答えるなんて異常でしかない。
机に伏せながら伸びをする。
そう言えば、と俺は顔を上げると冗談っぽくニヤリと口角を上げる。
本当なのに笑われるだけ。
…いや、笑って欲しいのかもしれない。
クソジジイと親子だなんて思われたくないし。
安心したように唯我は笑った。
椅子から降りて、靴を履く。
その時、俺は唯我に呼び止められた。
ノイズが入って唯我の言葉が聞こえない。
このページも大切な部分が塗り潰されている。
読もうにも読めないページが凄いもどかしい。
ケーキを口に運びながらそう呟く。
超高級で美味しいはずのケーキに味がしない。
きらきらとして明るいはずの周りが暗く感じる。
夏で暑いはずなのにとても寒い。
まただ。また胸が苦しい。
言葉に表せないのが気持ち悪い。
何でこんなことでさえ思い出せないのか。
ただの昔の思い出話ってだけなのに。
とても…誰かの誕生日を祝う気にはならない……
それも相手が相手だし…
呟き、ケーキを平らげる。
皿を置いて本日の主役である佳奈を探すことに。
一応、手ぶらもなんだからプレゼントになるのかは分からないけど喜びそうな物は持って来た。
会場前方の人だかり。
聞いたことがある声につられて俺は向かう。
案の定そこには佳奈や莉緒達の姿があった。
短く簡潔に。
紙袋を渡すと俺はすぐに踵を返して立ち去る。
気付かれてはいけない、バレてはいけない。
こんな姿を見られたくない。
佳奈に渡したプレゼント。
それは俺にとっては全く価値のない。
でも、ファンだって聞いたことがあった。
俺にとって価値のない“漣和久のサイン色紙”はきっと…佳奈にとっては大切な物になる。
まぁ、佳奈はSだからいずれ死ぬけど…それまで楽しんでおけばいい。
あのクソジジイの色紙を。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。