第36話

同期の異才
694
2020/02/22 13:29
『錬はいつも何が見えてる?』

そう聞かれた時、答えは常に決まっている。
黒崎 錬
つまらない世界。
皇 唯我
何でつまらない?
黒崎 錬
分かりすぎたから。俺は役を演じる為にその役を知る。それが実在しない空想上の人物なら丸一日をかけて原作に基づいてその人物になる。
男役をすることもあれば女役をすることもある。

中には成長が停止した大人の役だってあった。

妖精になれと言われたら妖精になる。

馬鹿になれと言われたら馬鹿になる。

全てを体験して舞台でもカメラの前にも立つ。

そうやって、役作りの為に体験とか勉強とかした先には何があるか。
答えは“何もない”。

全てを知って、全てがつまらなくなる。
黒崎 錬
世の中は天才だとか神童だとかが羨ましいなんて言ってるけど、いざその立場になってみろよ。
皇 唯我
俺は錬みたいにそこまで頭が良いわけじゃないし、まだ子供だからいまいち分からないけど何となくなら分かる。
黒崎 錬
俺だって10歳で餓鬼だけど。
机に置かれる菓子は子供が食べそうな物が多いが、意外とそうでない物もある。

飲み物も10歳ならオレンジジュースとかでいいのに何故か俺のは紅茶。

で、唯我のはオレンジジュース。
黒崎 錬
オレンジジュース飲みたい。
皇 唯我
いいよ。
唯我と飲み物を交換して俺は少しだけ飲む。
黒崎 錬
…何でこうなったのかが分からない。
皇 唯我
錬が子供で子供じゃないから。
黒崎 錬
よく言われる。
元と言えばあのジジイのせいだ。

あのジジイに対抗心を持ったから自分で何でもできる奴になるって言っていろんなことを独学で取得した。

英語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語……計20ヶ国語、正直言ってこの歳でいつ使うのか分からない。

漢字と化学と社会…はまぁ今後役立つことはありそうだから構わないか。
皇 唯我
てか、今でかなり凄いことになってるけどさ。錬の幼稚園の頃ってどうだったの?
黒崎 錬
……気味悪がられたな。
皇 唯我
何で?
黒崎 錬
隣の子がお昼にスプーン落としちゃって「何で落ちるの〜」って言ってたから求めて「地球が引き寄せてるから」って言ったら周り…主に先生から凄い引かれた。
皇 唯我
求めてって…え、計算?
黒崎 錬
計算。スプーンが落ちた時の秒数、あと質量は目分量だったり感覚に過ぎないけど。まぁあとは元からの知識か求めるにあたって求めただけ。
あの時は先生に対して「何で引いてるの?」としか思わなかったけど、今となれば別だ。

幼稚園児が隣の子の質問に答える為に万有引力を計算から発見して答えるなんて異常でしかない。
黒崎 錬
俺、一人目の子だったからお母さんもお母さんで基準が俺になってその異常さにも気付かなかったし。
皇 唯我
確かにそれは引かれる…てか、そんな計算するって何処で覚えたの?
黒崎 錬
計算って面白いじゃん。楽しくて幼児の頃からドリルとか色々とやってたら数学と少し科学の脳が…
皇 唯我
発達したと。
黒崎 錬
そゆこと。
皇 唯我
俺はなぁ…そういう気味悪がられることはないな。
黒崎 錬
羨ましい〜…学校行きゃいじめられるし家に帰ると喧嘩だし喋れば引かれるし…どうしたらいいんだよ。
机に伏せながら伸びをする。

そう言えば、と俺は顔を上げると冗談っぽくニヤリと口角を上げる。
黒崎 錬
俺のジジイってあの漣和久なんだ。
皇 唯我
めっちゃ冗談っほいよ。
黒崎 錬
ほんとだって〜
皇 唯我
はいはい。
本当なのに笑われるだけ。

…いや、笑って欲しいのかもしれない。

クソジジイと親子だなんて思われたくないし。
皇 唯我
最近は大丈夫?
黒崎 錬
何が?
皇 唯我
学校のこと、少しだけいつもよりは楽しそうに見えるけど…
黒崎 錬
…まずまずかな。るーがいてくれるから今は独りじゃない。
皇 唯我
そっか。
安心したように唯我は笑った。
黒崎 錬
俺は弱くなんかないから。
皇 唯我
知ってる。
黒崎 錬
そーですか。
皇 唯我
うん。
スタッフ
2人ともお願いしまーす!!
皇 唯我
あ、はーい!
黒崎 錬
今行きます。
椅子から降りて、靴を履く。

その時、俺は唯我に呼び止められた。
皇 唯我
錬。
黒崎 錬
何。
皇 唯我
みんながXXでXXX世界、俺達で作ってやろうな。
黒崎 錬
勿論だよ。




















ノイズが入って唯我の言葉が聞こえない。

このページも大切な部分が塗り潰されている。

読もうにも読めないページが凄いもどかしい。
黒崎 柚
…ばーか、何でここでそんなこと思い出してんの…。
ケーキを口に運びながらそう呟く。

超高級で美味しいはずのケーキに味がしない。

きらきらとして明るいはずの周りが暗く感じる。

夏で暑いはずなのにとても寒い。
黒崎 柚
……。
まただ。また胸が苦しい。

言葉に表せないのが気持ち悪い。

何でこんなことでさえ思い出せないのか。

ただの昔の思い出話ってだけなのに。
とても…誰かの誕生日を祝う気にはならない……

それも相手が相手だし…
黒崎 柚
ご令嬢様に挨拶してさっさと帰って寝るか…アイツらに絵本も読まねぇと……
呟き、ケーキを平らげる。

皿を置いて本日の主役である佳奈を探すことに。

一応、手ぶらもなんだからプレゼントになるのかは分からないけど喜びそうな物は持って来た。
黒崎 柚
おっ、あれか…
会場前方の人だかり。

聞いたことがある声につられて俺は向かう。

案の定そこには佳奈や莉緒達の姿があった。
黒崎 柚
すいません…
廣本 佳奈
えっと…何方でしょう?
黒崎 柚
名乗るまでもありません。ご生誕おめでとうございます。お気に召していただけるかは分かりませんがプレゼントです…では。
短く簡潔に。

紙袋を渡すと俺はすぐに踵を返して立ち去る。

気付かれてはいけない、バレてはいけない。

こんな姿を見られたくない。
黒崎 柚
あんな物で人は喜ぶんだよな……
佳奈に渡したプレゼント。

それは俺にとっては全く価値のない。

でも、ファンだって聞いたことがあった。

俺にとって価値のない“漣和久のサイン色紙”はきっと…佳奈にとっては大切な物になる。


まぁ、佳奈はSだからいずれ死ぬけど…それまで楽しんでおけばいい。

あのクソジジイの色紙を。

プリ小説オーディオドラマ