第63話

空の旅
589
2020/05/06 11:00
土曜日、俺は予定通り報復相手であるクラスの人達と天喰家の自家用ジェットに乗っていた。
他の客がいないことで騒ぎまくり凄いうるさい機内に溜息を零しながら、隅の席で颯斗と一緒に探した本を読む。

芽衣の報復が終わり、気分はすっきりとしていた。
でも、良いことがあれば悪いことがあるようにそのすっきりとした良い気分はそう長く続かない。
天喰 朔
柚さん。
黒崎 柚
……あっ、はい?
天喰 朔
読書中にすいません。弟さんから電話がかかってきたので。
黒崎 柚
何だろう…
朔について行き、機内に設置されている固定電話を受け取るともしもしと耳に当てる。
漣 悠翔
『あ、姉さん。朝早くにごめん。ちょっと聞きたいことがあってプリントの電話番号からかけた。』
黒崎 柚
どうした?
漣 悠翔
『結依と玲依が今日、何処に遊びに行くか聞いてる?』
黒崎 柚
結依達?いや、朝家の中で誰にも会ってないから…家にいないの?
漣 悠翔
『いない。』
黒崎 柚
お母さんとクソジジイは?
漣 悠翔
『知らないって。』
黒崎 柚
えぇ…
結依と玲依が行方不明。
休日は基本的に2人とも家にいるし、出かけるとしても必ずメモを残してくれている。

みんなが段々と盛り上がり五月蝿さが増して悠翔の声が聞こえにくくなっていることにイラつきながら悠翔と2人の行きそうな場所を話していたが、そのイラつきはすぐに頂点に達した。
黒崎 柚
電話の声聞こえないんで静かにしてもらっても ────
廣本 佳奈
莉緒!その髪型めっちゃ良いよ!!
尾木 莉緒
マジ!?鏡、鏡!!
鈴本 葵
そんな結び方あったんだ…初めて見た。
松下 結月
おしゃれって感じ凄いね!
黒崎 柚
うるっさい……ちょっと待ってて。
漣 悠翔
『う、うん…』
少し大きめの俺の声よりかなり大きい声で騒ぐ佳奈を中心とした女子達。
俺は直接言おうと電話を保留にする。

さっきまでのすっきりはもうイラつきに塗り替えられてかなり気分が下がっていた。


人数的には男子の方が多いはずなのに、何でこんなにこいつらうるさいんだよ…
黒崎 柚
あのごめん。今電話で話してるから少しだけ声量、を…下げて……?
段々と語尾が小さくなっていき、遂には言葉を失う。
何も聞こえてないのかまだ騒ぐ佳奈達の横、俺は無言で莉緒の女子力満載の髪型と結月の膝の上に座っている櫛と髪ゴムを持った少女を何度も見比べた。
尾木 莉緒
小学生でこれは感動!
廣本 佳奈
それな!
寄光 はな
朔君。妹さん連れて来たの?
天喰 朔
妹…?いや、僕は…
見ていたはなが悪気のない純粋な疑問を朔にぶつけ、朔の心が地味に抉られるのが見えた。
早く何とかしないとと思ったところで、結月の膝の上の少女と目が合う。そして…
漣 結依
あっ!柚姉!!
終わった。
廣本 佳奈
えっ!もしかして、この子、柚の妹!?
黒崎 柚
そう……
……本当に終わった。

俺の妹の存在にさらに周りが騒がしくなる。
すると、後ろの方から名前を呼ばれる。
辻井 陸
じゃあ、こいつは弟なん?
そう言われて振り向くと、駿とトランプをしている玲依の姿が見えて俺は何も言わず頭を抱えた。
黒崎 柚
…待って、ほんと待って。え?ちょっと集合。
漣 玲依
なーにー。
流石に結依と玲依がいることには混乱した。
旅客機ならやりかねないけど、自家用ジェットだし…
本当に何でこの場にいるのか分からない。
黒崎 柚
何でここにいるの?
漣 玲依
夏休みだから!
漣 結依
海行きたい!
黒崎 柚
……どうやって乗った?
漣 玲依
普通に搭乗口から!
黒崎 柚
ここまでは?
漣 結依
タクシー!
黒崎 柚
お金は?
漣 結依
お父さん!
天喰 朔
じいや、見てなかったんですか?
蕪矢さん
皆様の荷物がしっかりと固定されているかを確認していたので、途中で数分間は見ていませんでしたが…
黒崎 柚
……。
俺が家を出た後にタクシーを捕まえて出発。
運賃はクソジジイにお小遣いとでも言ったんだろう。
で、空港に着いて乗ろうとした時、たまたま蕪矢さんが離れていたから誰にも止められなかったと。
黒崎 柚
……到着したら少し別行動させて、那覇空港から送り返す。
漣 結依
えぇ!!
漣 玲依
帰りたくない!
黒崎 柚
まず何処に泊まるつもりだったの…小学2年生2人を保護者なしに泊める場所なんて無いでしょうが…
漣 玲依
う〜ん……野宿?
黒崎 柚
危ない。
廣本 佳奈
柚、元から一人部屋の予定だったしそこに一緒だったら泊まっても大丈夫だよ。
漣 玲依
ほんと!?
廣本 佳奈
うん。部屋使うのには変わりないから。ご飯もまぁ小学生2人分くらいならこっちで賄えるし。でも、勉強ハードだから嫌だったら戻るのがオススメかな?
漣 結依
ちゃんと宿題持ってきた!
漣 玲依
良いでしょ?良いでしょ?
返すことを諦めた俺はポケットから財布を取り出すと3万円を佳奈に渡した。
万が一の緊急事態に備えて多めに預金を下ろしといて良かったと物凄い思う。
黒崎 柚
……はぁ…本当にごめんなさい。佳奈。これ、この子達の分。
漣 結依
佳奈お姉さんありがと!
漣 玲依
ありがと!
廣本 佳奈
佳奈お姉さん!?めっちゃくちゃ可愛いんだけど!!
遠山 愛梨
双子の妹と弟ね…名前、なんて言うの?
黒崎 柚
結依と玲依…
みんなにも聞こえるよう名前を言って、俺は保留にしている電話へと向かった。
黒崎 柚
はい、ごめん…いたわ…
漣 悠翔
『いた?』
黒崎 柚
乗ってた…このまま沖縄連れてくことになった…お母さんに言っといて…
漣 悠翔
『飛行機に乗ってたってこと?自家用ジェットとか言ってなかった?』
黒崎 柚
そうだよ、自家用ジェットだよ…まさか乗り込むとは思わなかった…
漣 悠翔
『ほんと結依と玲依は……まぁ、分かった。姉さんと一緒なら大丈夫だね。それじゃ、お土産待ってるよ。』
黒崎 柚
はいはーい………はぁぁぁ…
電話を切り、ここ最近で1番大きい溜息を吐く。
みんなが結依と玲依に興味津々で本人達も楽しそうに話しているが、俺は全く楽しくない。

正直、例え学校が違ったとしても妹と弟の存在はみんなにバラしたくなかった。
何がきっかけで巻き込まれるか分からないし、クラスの状態が状態だから俺が動かないとしても他の誰かが普段の思いを晴らすことがあるかもしれない。
黒崎 柚
言ってくれれば、別に後からでも連れてってやったのに…
結依と玲依の乱入により、自分以外に守らないといけない人が増えて気を抜けなくなってしまった沖縄の勉強合宿。

まだ到着してないと思うと、早く帰りたくなってきたのだった…

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