第13話

一人目 見学
963
2020/01/31 15:21
次の日、既に学校は颯汰の話で持ちきりだった。


襲った犯人は消えた。
でも、それは男でサッカーシューズらしい。
そして、ちょうど今度の試合相手の中学にその条件に当てはまる人がいるらしい。


学校で噂されてる全てが俺の思い通りだった。
黒崎 柚
警察も駒谷中学の彼に容疑を、か…
そんなことを一人で呟きながら、俺は空席になっている颯汰の席を眺めた。


まだ颯汰に対する報復は終わってない。
一番の苦痛はまぁ間近で見させてもらうとしよう。
薊ヶ丘中学対駒谷中学の試合でね……。





















次の週の土曜日、俺は私服で試合会場に向かった。
私服と言ってもシンプルなTシャツに日焼け対策で薄手のパーカー羽織って長ズボンと言ったオシャレをする気のない服装だけど。


到着すると、流石のサッカー部で公開試合と言うこともあってか、サッカー部の誰かの彼女やらファンやらが多く女子が沢山いる。
黒崎 柚
てか、何でお前がついて来たんだよ。こんなことしてないで、あのジジイに稽古つけてもらっとけ。
漣 悠翔
たまにはいいじゃん。だって、駿先輩出るんでしょ?それに姉さんが家族以外のために動くなんて珍しいことだから気になるし。
黒崎 柚
そーですか…
家族以外のために動く、家族以外に興味を持つ。
まぁ、"家族以外"って言うことをよく悠翔や虎雅に言われることが多い。


家族っつっても、あのジジイはどうでもいいけど…


ちなみに悠翔は駿と知り合いなのか、2年生の頃から今までの間によく駿の話を悠翔から聞いていた。
だから、普段なら殆ど記憶する気がない同学年の人達の中で2年3年と同じクラスの駿は他に比べて印象が強かった。
黒崎 柚
悠翔といたらいろんな意味で怪しまれることが多くて嫌なんだけど。
漣 悠翔
そんなこと言わないでよ、別にバレたらバレたでいいじゃん。
黒崎 柚
どーだか…
俺は悠翔の姉でプロバスケットボール選手である空閑瑞稀と世界的に有名な演出家のジジ…漣和久の子だけどそうじゃない。


知ってるのは先生くらいで誰も知らない。
俺が悠翔の姉だってことも。
俺があの二人の子供だってことも。
そして、俺が黒崎錬だってことも。


俺はあの日から死んでいる。
俺が俺じゃなくなって、誰か分からない。
今の俺は何かを演じているのか、それとも今この瞬間こんなことを考えている俺が本心なのか。


周りに"僕"なんて言って本心を閉じ込めている俺は演技の仮面を付けて逃げているだけ。


果たして…このままで良いのだろうか?
黒崎 柚
……。
そう一人で考えを巡らせていると、見ていた俺達の横を車椅子が通った。
奥山 颯汰
こんな端で誰かと思えば、柚か…。
黒崎 柚
!…颯汰、通り魔に遭ったって聞いてたけど…
奥山 颯汰
ああ、遭ったよ…。そのおかげで俺は両脚のアキレス腱切ってこれだ。こんな脚じゃサッカーは暫く出来そうにないな…
黒崎 柚
お大事に…
奥山 颯汰
ありがと…
颯汰は隣にいた悠翔に少し視線を移し、不思議そうな表情を浮かべたものの、軽く会釈をして車椅子を薊ヶ丘中学サッカー部のベンチへと向かわせた。
漣 悠翔
痛そう…
黒崎 柚
だな…
まぁ、やったのは俺だけど。
俺が楽しみにしていたのはこれからだ。
試合が始まり、会場の歓声が大きくなる。
颯汰はベンチで応援していた。


薊ヶ丘中学校のサッカー部は強い。
だからこそ、この先に楽しいことが起きる。
試合は得点王の駿がいるだけあってか、薊ヶ丘中が優勢なまま進んでいく。
俺が見たかったのはそれを見ている颯汰。
『今回こそ絶対に俺は得点王になる!』
先週に堂々と大きな声で言ってたあの宣言。
今回こそと練習を積んできたのを最後の最後で壊される気持ちはどんなのだろう?
結局、颯汰は得点王になれなかった。
いつも通り得点王は駿。


もしかしたら、颯汰は駿に嫉妬してるかも。
やがて、余裕勝ちで終わった試合。
コートの真ん中でメンバーが大喜びして、エースで得点王の駿が持ち上げられる。
漣 悠翔
駿先輩、凄かったね。
黒崎 柚
結構上手い奴もいるんだな。
漣 悠翔
ちょっと姉さん、言い方。
ぼんやりと眺めていたコート。
距離はかなりあるが駿とふと目が合った。
こっちに手を振ってきた姿が幼い子供みたいで結依と玲依に重なって俺は思わず少し微笑み振り返す。
黒崎 柚
何歳児だ、あいつ…
漣 悠翔
姉さんが微笑むなんて駿先輩やるね。
黒崎 柚
別に笑おうと思えば笑えるから。
そんな根拠の無いことを言い返しながらベンチを見ると、颯汰が俯いていた。
駿と比べた時の劣等感に颯汰はメンタルズタボロ。
これは俺が手を下さなくても、ほっとけばそのうち勝手に潰れたのかもしれない。
まぁ、今更遅いけど。
取り敢えず、Bはこんなところだろ。
黒崎 柚
試合終わったし帰ろ。
漣 悠翔
うん。あと、俺帰りにラーメン食いたいな。
黒崎 柚
食えばいいじゃん。
漣 悠翔
たまには姉さんも一緒に行こうよ。俺の奢りでいいから。
黒崎 柚
たまには、ね…。いいよ、行こ。
悠翔とラーメンを食べてから帰った部屋。
そこで俺は1つの折り鶴を紐から取ると、横に置いてあったライターで燃やしたのだった。

プリ小説オーディオドラマ