第75話

十人目 語義
556
2020/06/21 13:13
男子
近くの公園で誰か自殺したらしいで!
男子
え、ほんま!?ちょっ、見に行こ!!
興味本位に動く高校生とすれ違いながら俺はただただ歩いて行く。
人の死体を見に行きたいだなんて変な話だ。
黒崎 柚
……。
『お前のやっているそれに意味はあんの?』

『……殺したい人がいるからバレないように人を殺す練習、かな?』

『へぇ…』

『あとは無能な大人の見せしめ。教師にも助けてもられない、警察にも助けてもられない。餓鬼1匹見つけることが出来ない頭の悪い奴らよ。6年経てば、少しは変わったと思っていたけど残念だ。』

『そうか。まぁ、どうでもいいけど…せいぜいそれを続けて後悔しないようにしろよ。』

『……どういう意味?』

『じゃ。』

『ちょっと待っ…』
最期に言い逃げされた。
後悔がないっていうのは俺の言葉から分かるはず。
仁が言っていた“後悔”にどんな意味が込められているのか…俺には全く分からない。
黒崎 柚
……ちっ…胸糞悪ぃ…。
周りの人に聞こえないようポツリと呟く。
自分に分からないといつもこんな感じで分からない俺に腹が立つ。

もっと完璧にならないといけない。
完璧にならないとあのクソジジイを見返せない。
……何回考えても分からないものは分からない。
完璧になりたいなんて思っているのに、完璧な人間なんていないって自覚している。知っている。
“神童”って謳われた餓鬼も実際は味方でい続けてくれた人一人救うことが出来ない哀れな少女。
しっかりとした自分がいる、芯があるなんて言っているけど、どうだか……

1つしかない俺の中心椅子立って座っているのは誰なのか、段々と分からなくなっていくのを感じて俺は動かし続けていた足をピタリと止める。
黒崎 柚
……。
……俺は俺だ、他の色には染まらない。
昔から貫いたのは“黒”一色、俺の色を変えようとしてくるやつは逆に喰らって黒に染めてやる。
昔から変わらない心がけ。
でも、何かが変わり始めている。


誰か教えて、なんて思っても言葉にならない。
いや、そのことを言える人がいないのか。

自己嫌悪になりかけた時、スマホが震えて俺はスルーしようかと思ったが、私情を挟むのもおかしいかと電話に出た。
黒崎 柚
もしもし?
井上 澪晴
『やっと今日の補習終わった。』
黒崎 柚
全く…弟とかおかしい。
井上 澪晴
『双子の姉、俺の弟ってどんどん役名増えんな。』
黒崎 柚
絶対そのうちボロが出るぞ。
井上 澪晴
『……。』
黒崎 柚
澪晴?
井上 澪晴
『柚稀、何か悩んでることでもある?』
黒崎 柚
は?
いきなりの言葉に俺は固まる。
向かい合って話しているわけじゃない。
ただのスマホを使った機械音の会話でどうしてそんなことを聞かれるのか。
井上 澪晴
『いや、無いなら良いんだけどよ?なーんか、いつもより返答が遅いし、少し声も暗いような気がして。』
黒崎 柚
…何もねぇよ。んなことより、さっき24を殺った。
井上 澪晴
『24は〜…藤川君だっけ?』
黒崎 柚
そう。明日の朝、新幹線に乗るつもり。
井上 澪晴
『その後は?』
黒崎 柚
帰って寝る。8月中に夏期講習の3と21を。いけそうならもう少し。
井上 澪晴
『テンポ上げるねー。あ、そうだ。言いたいことがあったから電話したんだけどさ。9月から警察が学校に来るって。』
黒崎 柚
警察?前にも来てただろ?
井上 澪晴
『今までは見張りだけだろ?これからは本格的な調査。不信行動の取り締まり、生徒への聞き込み調査もやるとか。』
黒崎 柚
めんどくさっ…
井上 澪晴
『お手上げで?』
黒崎 柚
馬鹿言え。俺はもう誰にも操られない。一度決めたことはやり通すに決まってんだろ。
井上 澪晴
『ははっ、そうだったな。』
黒崎 柚
分かった上で聞いたのか…まぁ、また近いうちに寮行くよ。土産はその時に。
井上 澪晴
『待ってまーす!んじゃ。』
切られた電話を眺め、俺はお土産が売っていそうなお店へと行き先を変えた。

呑気な自分には少し呆れてしまう。


……未来で俺が崩壊するなんて知らないのだから。

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