第102話

十五人目、十六人目 拠所
162
2022/11/07 13:29
次の日、修哉は学校には来ていた。
来てはいたが、徹底的に俺を避けていた。
休み時間になると同時に教室からはいなくなるし、修哉の声がしても俺が近付くと自然と消える。
黒崎 柚
……。
効果覿面、暫くはちょっかいはなくなるか…
寄光 はな
柚〜おはよ〜
いつの間にかやって来ていたはなが俺の机の前にしゃがんでぴょこっと顔を覗かす。
黒崎 柚
おはよう。
寄光 はな
昨日はダウンしたけど、体調大丈夫〜?
黒崎 柚
多分。はなも昨日は散々な目に遭ってたけど何かと大丈夫?
寄光 はな
ん〜、大丈夫大丈夫〜
前の席に後ろ向きで座ると机に腕を置き、その上に顎を乗せて話すはなは何事もなかったのようにいつも通りのふわふわとした様子。
寄光 はな
昨日は迷惑かけちゃってごめんね〜
黒崎 柚
別にいいよ。
寄光 はな
睦希にも迷惑かけちゃったなぁ…睦希って背負ってるもの多そーだからあまり迷惑かけたくなかったんだけど〜…
黒崎 柚
……。
寄光 はな
よかったらこれ、お礼に受け取って〜
そう言って、はなは机の上に箱の横にSweetAngelと書かれた箱を置いた。
寄光 はな
睦希からここのお店のケーキ、柚が気に入ってるって聞いたんだ〜
アイツ…
黒崎 柚
…確かに好きだよ。ありがとう。
寄光 はな
いえいえ〜今食べる?フォークつけてもらったから食べれるよ?
黒崎 柚
え、今?
寄光 はな
保冷剤は入れてもらったけど、流石に放課後には温くなるだろうし〜
黒崎 柚
いただきます…
はなからプラスチックのフォークを貰う。
皆がいる中でこれを朝っぱらから食べていいのだろうかと悩むが、美味しいのは分かっているから結局食べるが勝った。
寄光 はな
どう〜?
黒崎 柚
美味しい。
寄光 はな
良かった〜
にこにこと微笑むはなは俺がケーキを食べる様子をじっと眺めているのかはなの視線は感じるけど、何だか目を合わせたくなくてずっと俺はケーキを見る。
寄光 はな
…本当に柚は綺麗だねぇ…
黒崎 柚
何言ってんの…汚いよ、僕は。
寄光 はな
ううん、すっごく綺麗だよ〜。それに性格も優しいし〜?
黒崎 柚
…僕を褒めても何も出ないけど。
寄光 はな
いーのいーの。ただそう思うだけ〜
何を思って褒めているのかが分からない。
話すことがないから?それなら立ち去った方が早い。
それをしないってことは言いにくいだけで何か本当に言いたいことがあるのか…
寄光 はな
あのね〜…私、実は妾の子なんだ。だからいつも家に居場所ないの。
それはあまりにも突然の告白だった。
内容が内容なだけに顔を上げられず、ただフォークを持つ手だけが止まる。
寄光 はな
寄光銀行って聞いたことある?
黒崎 柚
あるけど…
寄光銀行は日本国内有数の大手銀行。
はながその寄光銀行の社長の娘だってことは事前の調べで分かっていたけど…まさかただ単に娘ということだけじゃなく妾、愛人の子供だったとは…
寄光 はな
お父さん、そこの社長だからお金はあるんだよ。お金はあるんだけどさ、本当にお金だけでね〜…妾の子に生まれた私は一切愛されないんだ。私のお母さん、私を出産した時に亡くなっちゃったから世間に公表されず都合のいいように話がついたし。ただ私だけが邪魔なんだって。親バレを避けるためにしょうがなく家に置いているらしくて、基本的にお金だけ渡されて全部自分でやれって感じなの〜
黒崎 柚
……。
寄光 はな
家の中で一番私を貶して蔑んできた義姉は数年前に何か死んだけど、今も家に帰ったところで義妹が馬鹿にしてくるからねぇ…まぁ義妹がいなくなったところで、お父さんの愛人似の私に愛が向けられることはないけど〜
黒崎 柚
……急に何。
黙り続けた末にやっと出た言葉がこれだった。
そんな愛人の子供だとか、愛してもらえないとか…わざわざ俺に話す必要が全く感じられない。
黒崎 柚
僕に言う必要、ある?
寄光 はな
う〜ん…多分必要はないかなぁ。だから何だって話だと思うし。
黒崎 柚
じゃあ何で話しているの?世間から見てて可哀想な立場にある僕に同情して欲しいってこと?
寄光 はな
それは流石に被害妄想過ぎる〜!そんなこと言ってないもん〜。
黒崎 柚
いや、だったら尚更何で…
寄光 はな
…ただ、柚に言いたくなっただけ。少し不安定な睦希が夏休み前と比べると穏やかになったからねぇ…今までは逸らし続けていたのに、逃避や困惑から変わって真っ直ぐ目の前にいる柚を見るようになった。前以上に凄い綺麗な目をしてた。私には睦希に何の変化があったのか分からないし、そもそも何を背負っているのか知らない。探らないのが私達の暗黙のルールだからね〜…ちょっとだけ綺麗な目で柚を見ることができるようになった睦希が羨ましい、なんて言ってみたり〜?
はなの言う通り、前と比べたら睦希と目を合わせた時に読み取れる感情は違うものになっていた。

前は俺を見ないようにするような、それこそ“僕”という存在から逃げようとする視線。
今は話す時はちゃんと目を合わせてくれるし、落ち着きのある穏やかな視線に感じる。
寄光 はな
……私もね〜…睦希みたいな目で柚のこと見たかった。でも、無理だったんだ。やっと見つけた拠り所を…美彩をどうしても失いたくなかった。美彩は私なんかと比べ物にならないくらいに良い子で何回も柚のことを助けようとしたの。…で、私がいつもそれを止めた。
そこで初めてはなが視線を下げる。
寄光 はな
ほんっと最低だよ、私って…柚と自分を比べた末に自分の平穏を選択した…私が頼み込んだせいで了承してはくれたけど美彩、泣かせちゃったし……
黒崎 柚
……。
寄光 はな
もっと嫌われる勇気が私にあったらなら、美彩を泣かせず、現在進行形で柚に手を差し伸べることができて、氷翠と椿も救うことができたのかなぁ、って…
歪んだ愛に苦しんだ睦希と愛を向けられないはな。
同じ“愛”に悩んで、家に居場所がなくて、学校や放課後に逃げた。
手に入れた平穏な日々や居場所を赤の他人を助ける為に捨てるなんてそうそうできることではない。
黒崎 柚
…まぁ、別にいいと思うよ。世の中誰かの犠牲の上に成り立っているから。
ケーキに止めていたフォークを刺しながら答える。

自身を犠牲にしてでも誰かを助けるような人、るーみたいな人は例外。で、例外は異質な存在として集団主義と言われがちなこの国では疎まれる。
だから誰かが虐められていようが、周囲の一人が手を差し伸べようが、大人数で動かなければ何も変わらない。
一人違う行動をすると、異質とされ一緒に虐められる。例え大人数が間違っていたとしても、自分も首を縦に頷かせなければならないのだ。
全員が全員るーみたいな性格の人だったら思ったことは言葉にして伝えて、切磋琢磨出来たんだろうな…
…いや、待て。あれが何人もいるのはちょっと嫌かも。
黒崎 柚
安定した日々の為に犠牲になる分には構わない。けど、何事にも限度があるってことは知っといてもらいたいところ。
最後の一口を食べ終えて上に乗っていた苺が残る。
苺をフォークに刺した俺は数秒間苺を眺めると、下を向いているはなの顎を持ち上げ、極力フォークが口内に接触しないようにして、苺をはなの口に突っ込んだ。
寄光 はな
んっ…!?
黒崎 柚
…充分偉いよ、君は。家族に悩んで、拠り所を失いたくなくて、後悔を引き摺って、罪悪感に溺れて、勇気を出して僕に近付こうとして度々失敗して。失敗しているのに諦めはしない。偉い。
頭に手を置いて、はなの頭を撫でる。

幾ら全員に報復だって言っても、偉いものは偉い。
それは紛れもない事実で報復の対象だからと見なかったことにするのは違うと俺は思った。

驚いたはなの表情が少し歪んで、目に涙が浮かぶ。
光った目の端から一筋の涙が流れ始め、はなは顔を伏せてしまう。
黒崎 柚
……。
教室の入口には心配そうに見守る美彩がいた。
フォークを置いて空いた手で手招きをすると、美彩は小走りでこっちにやって来る。来たところで俺は「ご馳走様。」と言って立ち上がり、教室を後にした。
……これで少しは、心が軽くなったかな…
九鬼 虎雅
……よぉ。
黒崎 柚
!…
廊下に出たところでドアの後ろに立っていた虎雅に声を掛けられる。
九鬼 虎雅
お前が誰かを慰めるなんて珍しいこともあるもんだな?
黒崎 柚
…それを言う為にここに?
九鬼 虎雅
はっ、んなわけ。
黒崎 柚
なら何。
九鬼 虎雅
少し聞きたいことがあってな。
黒崎 柚
スマホ、家に忘れた?
九鬼 虎雅
ネットに載せた物は完全に消すことはできないとか言うだろ?
黒崎 柚
何話すつもりなのさ…
九鬼 虎雅
いいから来い。
黒崎 柚
はぁ…
幼い子供のように腕を掴まれて引き摺られて連れていかれるのは流石に嫌な俺はしょうがないと諦めると、大きな溜息を零してから虎雅の後を付いて行った…

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