廊下に響くのは俺の足音だけ。
部活の人達の声は遠くから聞こえるが、近くで校舎内を歩いている人はいないらしい。
出席番号8、小林修哉。
部活は元陸上部、委員会はなし。
頭は中の下から下の上、運動神経は良い方。
取り敢えず、まぁ変態野郎で俺への痴漢常習犯。
流石にウザったらしい。
痴漢だけでも勘弁なのにそこに虎雅を後ろ盾にした暴力もあるからランクはS。
殺してやりたいところだが、澪晴は脅して使えばいいと言っていたから悩むところ…はなのが終わり次第、睦希に頼んで周辺を探ってもらうか…
修哉をどうやって脅すかを考えながら教室に向かっている途中、突然横のドアが開いた。
…本当に今日はついてない。
返事に一瞬迷った。
この世には知らない方が幸せなこともある。
澪晴の話はそれに相当するような気がしたのだ。
怖いくらいにピンポイントを突いてきた。
前回理科室で話していた時はそれまでの流れで聞く気があったが、少し時間が経って改めて考えると聞くのが怖くなってくる。
澪晴は俺のせいで虐められるようになった。
澪晴はクラスの人に復讐をした。
…で、睦希の兄を殺した。
それらを知った今、次に考えることは1つ。
何があって、澪晴は復讐をしようと思ったのか。
俺のように人それぞれに合った裁きを与える報復ではなく、与えられた危害と同等かそれ以上の苦痛を与える復讐となると澪晴に復讐をする気になる程の何かあったとしか考えるしかない。
もしこの答えが澪晴への虐めと同じく、俺が原因であるとしたら……とても耐えられる話じゃなかった。
百鬼先生に満点と言われてあのことを思い出した。
そこまで声にしたところで俺は黙る。
いくら疑いが強いとはいえ、椿と采斗を屋上から落としましたか?って聞くのは失礼極まりない。
何聞こうとしてんだ…
普通に聞いたらかなり怪しい言葉。
だが、そんな怪しい言葉も百鬼先生が言うと本当に答えそうな気がしてくる。
目、言葉から嘘は見えない。
本当に百鬼先生はあのことに関わっていない。
そして、本当に澪晴と俺にしか興味が無い。
百鬼先生が関係ないとなると一体誰が…百鬼先生と話していたあの場を誰かが見ていたってことも…見ていたとしたら何処からだ?前の澪晴との通話を聞かれるのは非常に良くない。
……と言うかちょっと待て。あの時、百鬼先生はいつからあそこに…それに監視カメラのデータが壊れていたこと、何で知って……
俺の存在が大事なストッパー?そりゃ、虐められる役がいないとクラスの平穏は乱れるだろうけど…それをわざわざ言うなんて…
先生から引き止められたことから解放された俺はまた教室に向かって足を進める。
地味に時間取られたし、もう早く帰りたい。
百鬼先生は関係ない…そうなるとさっき考えた通り、椿と采斗の犯人は百鬼先生とのやり取りを見ていたクラスの誰かか、もしくは百鬼先生と同じような思考を持った誰か。
前者は…百鬼先生が俺を狼と呼ぶのを知るのは簡単だけど、防犯カメラの映像が壊されてたし考えにくい。
後者の方が可能性としては高いが、後者だと椿と采斗を狙ったのは偶然、もしくは何かしらの方法で俺のやっていることを知る人物になる。
果たして、そんな人が俺の知り合いにいるか?
ちょっと虚しい結論に辿り着いた。
言葉にすると自分のことが更に嫌になってくる。
やっと教室に着いた…って……
ガチャガチャと金属音だけが聞こえる。
教室には鍵がかかっていたらしく、普通の開け方じゃ開けることが出来なかった。
中にリュックあるの見た上で担任は鍵をかけたのか?
素である錬のような少し低めの声が漏れる。
諦めて鍵を貰う為に職員室に行こうと踵を返した時、微かに廊下に光が漏れた。
教室の中は壁で見えないが、壁の下の方に嵌め込まれたスライド式の扉。その中の一箇所の隙間から強い光が漏れていた。
何も反応はない。
でも、急に光ったから誰かはいるんだろうし、教室に別に入らせろとは言わないから荷物だけ取ってもらいたかった。
壁の上の方にも窓が嵌め込まれている。縦30cmくらいだから多分俺は通れるだろう。
鍵が開いているのが見えたから俺は少し背伸びして上の窓を開けると、枠を掴み力を入れてそのまま体を持ち上げ上の窓から教室へと転がるように入った。
立ち上がり教室内を見て、細く息を吐く。
後ろを見て、更に溜息。
何から尋ねたらいいかを考えた末、聞いたのは…
その場の状況を理解した上での質問だった。
壁に背をつけくの字でお腹を押さえている睦希にその横に座り涙を零しながらスマホを握っている美彩、そして下着姿で覚悟を決めた表情のはなと血走った目で異常に興奮している修哉。
修哉がはなを襲って、睦希は止めようとしたが殴られ痛みに動けず美彩も助けようとするもはなが大丈夫と言い張って覚悟決めた、とか…そんな感じだろ。
正直、修哉がどうしようとあまり興味無い。
最後にはボロクソにしてやる予定だからその前の思い出作りには丁度良いだろう。
それよりも早く帰って、授業終わりに百鬼先生から渡された大量の宿題やって、報復の続き考えて、お母さんの帰り遅いから皆の夕食作らないと…
自分の机の上にあったリュックを背負い、教室から出ようと入口に向かう。あとは鍵を開けて出るだけ、そんな時に誰かに手首を掴まれた。
待てと言われたから取り敢えず待つ。
かなり強く殴られたのか蹴られたのか、睦希は何回も咳き込んでその後の言葉が全然聞き取れない。
睦希の弱いことを自覚しても諦めることが出来ない目は拓哉に凄い似ている。
その場に膝を着き、手首を掴む睦希の手を取る。
睦希のリストバンドを触ったり見る度に自分の力の無さを実感する。もっと周りを見れたら、もっと変化に気付けたなら睦希は傷付かなかったのかもしれない。
背負っていたリュックを下ろして立ち上がると同時に俺は修哉の頭目掛けて、足を振り上げた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。