第23話

お茶会
875
2022/06/20 13:10
後から聞くと、仲井知歌は見事に不合格。
そして、俺の唯一印象に残った鈴木綾は合格。
…とジジイから聞いた。
スグに知歌の報復に入ろうとしたが、あまりにも接点が無さすぎて情報が少ない。
正直、リスクしかなかった。


失敗は家族に被害が出る。
そう思い、俺は学校が終わってから澪晴の元を訪れていた。
黒崎 柚
澪晴。
井上 澪晴
ん?
黒崎 柚
頼み。
井上 澪晴
何?
黒崎 柚
調べ物。
井上 澪晴
何の?
黒崎 柚
俺のクラスの奴の。
井上 澪晴
は?
黒崎 柚
理解出来ない?
井上 澪晴
いや、出来るけど…
黒崎 柚
なら、やってよ。
井上 澪晴
何で俺が手伝わないといけない?
黒崎 柚
先生だから。
俺の無理矢理な理由に澪晴は溜息を零す。
井上 澪晴
え〜…めんどくさいなぁ…薊ヶ丘の3年D組だっけ?
黒崎 柚
そうだけど…
井上 澪晴
少し待っとけ。確かそんな話が出てたような気がするから。
黒崎 柚
話?
何の話かは俺には全く分からないが、まぁ何かあるらしい。
部屋着から外着に着替えるとリュックサックを背負い、俺を置いて出て行ってしまった。
黒崎 柚
俺、置いて行かれて…まっ、いいか。
知歌は練習中に落として、劇が出来ないようにさせるつもり。
颯汰同様、引退前最後の劇で堕ちろ。
折り鶴を見ながらそんなことを思う。
持って来ていた私服に着替えると、学校で出されてた宿題をする。
簡単すぎて欠伸が止まらない。
黒崎 柚
眠っ…
少し待て、なんて言っても澪晴の少しはかなり長い。
一人じゃどうしても眠くなる。
九鬼 龍弥
ただいまー…って、いないし。あ、柚稀ちゃん来てたんだ。
黒崎 柚
お邪魔してます。
九鬼 龍弥
澪晴、何でいないか知ってる?
黒崎 柚
あー…何かちょうど話があったとかなんとか言って、ついさっき出て行きました。
九鬼 龍弥
そっか、ならそのうち帰ってくっか。
納得して、荷物を置く龍弥さん。
俺がいることももう当たり前になっていた。
黒崎 柚
龍弥さーん、俺とお茶しましょうよ。澪晴待ってる間、眠くて眠くて……
九鬼 龍弥
いいね、ちょうど菓子買ってきてたし。澪晴の分も食っちゃおう。
考えることなくOKを出した龍弥さん。
俺がポットでお湯を沸かしている間に、皿に沢山の菓子を並べてくれていた。
黒崎 柚
わっ!こんなにいいんですか?
九鬼 龍弥
いいよいいよ。それよりも柚稀ちゃんは紅茶と珈琲、どっちがいい?
黒崎 柚
あ~…紅茶で。珈琲飲めなくて。
九鬼 龍弥
了解。柚稀ちゃんが珈琲飲めないなんて意外かも。
黒崎 柚
コーヒー牛乳、カフェオレ、全部無理です…
九鬼 龍弥
まぁ、誰にも好き嫌いはあるものだし気にしなくていいと思うよ。
当たり前のように言うと、片方のコップに紅茶、もう片方に珈琲の粉を入れて机に持って行ってくれる。
後ろから後を追い、紅茶の前へと俺は座る。
九鬼 龍弥
あ、そういや虎雅、元気そう?
黒崎 柚
見た感じは。
九鬼 龍弥
なら、良かった。基本ここだから、たまに帰っても夜遊びなのか家にいないし……
黒崎 柚
ご両親は何も言わないんですか?
九鬼 龍弥
実はなぁ…親父とお袋、交通事故で亡くなっててさ。
黒崎 柚
えっ…
九鬼 龍弥
そんな風に見えないだろ?ほんと、金がかかんないように特待生で入学するのには苦労した。
だから、高校でも生徒会長を…


衝撃の事実に驚くと同時に知らなかった虎雅の家庭事情を知り、あとで鶴に書き出そうと思った。
九鬼 龍弥
あいつらも少しでもいい高校に進学してもらえると俺的には嬉しいけど、難しいのが現実。なら、早く俺が働かないと。
そんな話を聞いていて、俺は自然と……
黒崎 柚
…羨ましいです。
と言っていた。


俺の言葉に今度は龍弥さんが驚く。
九鬼 龍弥
何で?柚稀ちゃんはお金にも困らないだろ?
黒崎 柚
確かにそれには困らないけど…何か、何かが違うんです。
全問正解のテストの答案。
一万円札が何枚も入っている財布。
鞄の中を見て、俺は何故か溜息を零す。
黒崎 柚
俺から見ていて、龍弥さんは家庭は大変そうだけど幸せそうに見えます。
俺は満たされない。
黒崎 柚
"幸せ"は俺が唯一感じることが出来ないことなんです。俺にとって何が幸せなのか。金、才能、名声…どれを手にしても全部違う。
九鬼 龍弥
……簡単に聞こえるかもしれないけど、柚稀ちゃんは柚稀ちゃんで大変なんだな…。
黒崎 柚
大変ですよ。だって…
俺程、満たされて満たされない人間はいないだろうから。
黒崎 柚
……やっぱ、何でもないです。
口に出来ない言葉を飲み込むように紅茶を飲む。
龍弥さんは心配そうな顔をしていたから、大丈夫だという代わりに少しだけ微笑んだ。
井上 澪晴
ただいまー!
黒崎 柚
あ、おかえり。
井上 澪晴
あぁぁ!何、お前らだけで菓子食ってんだよ!
九鬼 龍弥
いない澪晴が悪い。で、何やってたんだ?
井上 澪晴
薊ヶ丘の理科の代理がいないって話聞いたから、俺やります!って言ってきた!
黒崎 柚
確かに理科の授業無いな。
まぁ、俺のせいなんだけど……
九鬼 龍弥
お前、いつ理科の免許とった?
井上 澪晴
先月。もし、体育教師になれなかった時は理科でも教えるかって思って。
黒崎 柚
へぇ、昔から理科の成績良かったもんな。
井上 澪晴
勿論!で、明日面接してくるから、上手くいけば来週にはいける。一学期は俺だな。
黒崎 柚
よろしく、先生。
そう言うと、俺は机の上に置いていた折り鶴をポケットに入れて、菓子に手を伸ばしたのだった。

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