月光に照らされ、静まり返る暗いテラス。
腰に回った腕は俺の体を完全に固定し、少しの力では離れられない。
大きな手が俺の手を包み込んで離さない。
繋がっていた電話はキリがいいところで切られて、多分澪晴は気付かないだろう。
大声を出してやりたくても、近距離であるこの状況を誰かに見られると思うとそれはそれで嫌だ。
何があってこんなことになったんだっけ……
部屋を出た俺は宿題の続きをしようと夜で誰もいないテラスに来ていた。
電気をつけてコツコツと進める最中、ふと百鬼先生のことを澪晴が凄い嫌っていたことを思い出し、話を聞こうと澪晴に電話をすることに。
職業と聞こえたところで突然電気が消えた。
月光があるから混乱はしなかったが、宿題をするには暗くて文字が見にくい。
電気をつけようと立ち上がった時、背後に人の気配を感じてバッと振り向く。
振り向いて暗い中見た人が誰かを頭の中で認識する頃には距離は近く、左手を重ね合わせ繋ぎ、右手に持っていたスマホは通話終了ボタンを押され、腰に腕を回されていた。
意味不明だけど、慌ててはいけない。
大声で誰か来てこの状況は無理、澪晴も俺が何か用事で一旦切ったとしか思わない、結論としては自己解決する他に選択肢はない。
あー、そうだ…自己解決しようとしてたんだ…
そう答えると先生は面白そうに笑った。
そして、俺の左手を解放すると今度は先生の右手が俺の頬に触れる。
先生の分析に俺は少し驚く。
普通の家庭教師じゃない、と今になって感じた。
脳内が百鬼先生から1秒でも早く離れた方がいいと危険信号を送ってくる。
離れたいけど腰に回った腕の力が異常で退けれない。
しかも、教えているのが“佳奈”。反抗すると何を話すのか想像できないから下手に動けない。
頬から手が離れ、腕も胴から離れる。
やっと先生から完全に解放された俺はストンと後ろの椅子に座り、先生を見上げた。
机の上に置いてあったノートの隅に先生は何かを書き込むと、俺の頭に手を置く。
頭の疑問がタメで口から零れる。
心拍数を測ったり僅かな動作で俺の状態を探ってくるし、何故か俺に構ってくるし…
考えていることが分からなすぎる。
佳奈の家庭教師だって聞いてたけど、百鬼先生の場合それ以外の顔が必ずある。
澪晴と高校でクラスが同じだったのなら、最悪俺のことを知っているんじゃないか。
それを悟られたらもう何とか殺るしかない…
そう言って、百鬼先生はテラスから立ち去った。
電気をつけ椅子に座り、ノートを見る。
そこには名前、電話番号、メールアドレスが消しゴムで完璧に消せるくらいの濃さで書き込まれていた。
無言でそのページを破り、折ってポケットに入れると俺はシャーペン片手に小さく溜息を零して…
沖縄で教師をするだけっていう一度きりの関わりにならない、根拠はないけど…何かそんな気がした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。