第66話

満点の狼さん
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2020/05/12 11:00
月光に照らされ、静まり返る暗いテラス。
腰に回った腕は俺の体を完全に固定し、少しの力では離れられない。
大きな手が俺の手を包み込んで離さない。

繋がっていた電話はキリがいいところで切られて、多分澪晴は気付かないだろう。
大声を出してやりたくても、近距離であるこの状況を誰かに見られると思うとそれはそれで嫌だ。
黒崎 柚
…何の用です?百鬼先生。
百鬼 彪
ちょっとお話がね。
何があってこんなことになったんだっけ……

























部屋を出た俺は宿題の続きをしようと夜で誰もいないテラスに来ていた。
電気をつけてコツコツと進める最中、ふと百鬼先生のことを澪晴が凄い嫌っていたことを思い出し、話を聞こうと澪晴に電話をすることに。
井上 澪晴
『どうした?』
黒崎 柚
めっちゃ嫌ってたけど何で?
井上 澪晴
『嫌ってた?あぁ、百鬼か。』
黒崎 柚
そう。
井上 澪晴
『あいつ、俺が高校の時に殺し損ねた復讐の対象者。てか、柚稀もあいつには気をつけろ。龍弥とミツルから聞いたんだけど、今のあいつの職業…』
職業と聞こえたところで突然電気が消えた。
月光があるから混乱はしなかったが、宿題をするには暗くて文字が見にくい。
黒崎 柚
ちょっとごめん。
井上 澪晴
『ん。』
電気をつけようと立ち上がった時、背後に人の気配を感じてバッと振り向く。
振り向いて暗い中見た人が誰かを頭の中で認識する頃には距離は近く、左手を重ね合わせ繋ぎ、右手に持っていたスマホは通話終了ボタンを押され、腰に腕を回されていた。

意味不明だけど、慌ててはいけない。

大声で誰か来てこの状況は無理、澪晴も俺が何か用事で一旦切ったとしか思わない、結論としては自己解決する他に選択肢はない。
黒崎 柚
…何の用です?百鬼先生。

























あー、そうだ…自己解決しようとしてたんだ…
黒崎 柚
僕に話?それよりもこの状態、凄い気まずいので離して欲しいです。
百鬼 彪
それは出来ないです。
黒崎 柚
…なら、早く話を終わらせてください。
百鬼 彪
物分りが良くて助かります。黒崎さんは今日のテスト、僕や蕪矢さんにバレないようにカンニングとかしましたか?
黒崎 柚
カンニングなんて生まれてから一度もしたことありません。寧ろされる側です。
百鬼 彪
…了解です。途中式を書いていなかったようですが、直感で解きました?
黒崎 柚
ちゃんと解きましたよ。途中式は長くなりそうだし書くのが大変なので暗算で済ませました。
百鬼 彪
6÷2(1+2)、答えは何でしょう?
黒崎 柚
分配なら9、括弧内優先なら1。でも、数学って答えが必ず決まっているので、問題自体ダメですね。
そう答えると先生は面白そうに笑った。
そして、俺の左手を解放すると今度は先生の右手が俺の頬に触れる。
百鬼 彪
君は満点フルスコアの狼さんのようです。
黒崎 柚
満点の狼?
百鬼 彪
初対面である僕と近距離でも動揺や混乱からの心拍数上昇が見られず常に冷静を保っている。手を抜いているから動けないとはいえ、その状態でも僕弱めの男子を押さえるくらい力使ってます。頭脳、力量、精神力。全て揃っていて素晴らしいです。
先生の分析に俺は少し驚く。
普通の家庭教師じゃない、と今になって感じた。
百鬼 彪
まるで彼…いや、彼以上ですかね?
黒崎 柚
……。
百鬼 彪
一瞬、手に力が入りましたね。先生と生徒以外の関係が井上君とあるんですか?
黒崎 柚
ない。
百鬼 彪
……まぁ、そういうことにしておきましょうか。
脳内が百鬼先生から1秒でも早く離れた方がいいと危険信号を送ってくる。
離れたいけど腰に回った腕の力が異常で退けれない。
しかも、教えているのが“佳奈”。反抗すると何を話すのか想像できないから下手に動けない。
黒崎 柚
…話はカンニングについて、で終わりですか?
百鬼 彪
1番聞きたかったのはそれです。
頬から手が離れ、腕も胴から離れる。
やっと先生から完全に解放された俺はストンと後ろの椅子に座り、先生を見上げた。
黒崎 柚
1番?
百鬼 彪
今話して増えました。何か知りたいことや相談があったらいつでも僕に言ってください。
机の上に置いてあったノートの隅に先生は何かを書き込むと、俺の頭に手を置く。
百鬼 彪
勉強…武道…一般人に聞けないこと…生徒の皆さんが知らない彼のこと…どんなことでも教えますので。
黒崎 柚
何でそんなに僕に構うんですか?あと子供扱いはやめてください。
百鬼 彪
満点の狼さんほど楽しくて素晴らしい存在はいないもので。
黒崎 柚
……百鬼先生って何者なの?
頭の疑問がタメで口から零れる。
心拍数を測ったり僅かな動作で俺の状態を探ってくるし、何故か俺に構ってくるし…

考えていることが分からなすぎる。
佳奈の家庭教師だって聞いてたけど、百鬼先生の場合それ以外の顔が必ずある。
澪晴と高校でクラスが同じだったのなら、最悪俺のことを知っているんじゃないか。

それを悟られたらもう何とか殺るしかない…
百鬼 彪
佳奈さんの“家庭教師”ですよ。では、勉強も良いですが明日からハードになりますので体も大切に。
そう言って、百鬼先生はテラスから立ち去った。
電気をつけ椅子に座り、ノートを見る。
そこには名前、電話番号、メールアドレスが消しゴムで完璧に消せるくらいの濃さで書き込まれていた。

無言でそのページを破り、折ってポケットに入れると俺はシャーペン片手に小さく溜息を零して…
黒崎 柚
全く関係ないところから、俺の中の危険人物が増えやがった……
沖縄で教師をするだけっていう一度きりの関わりにならない、根拠はないけど…何かそんな気がした。

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