第31話

防災教室
715
2022/11/04 13:10
夏の夜は空が凄い綺麗。

そう最後に思うことが出来たのはるーと天体観測をした小4の七夕だった。

それからは夏の夜は嫌いになった。
綺麗だからこそ鮮明にあの夜を思い出させてくる。

もう見たくない。
もう思い出したくない。
黒崎 柚
……ほっといてくれ………
相澤 駿
柚?
黒崎 柚
………あ、あぁ、何?
相澤 駿
まだ見てないよな?
黒崎 柚
まぁ…
辻井 陸
早く見ねーと終わるぞ。
黒崎 柚
ありがと…
そうだった、とこの時俺は思う。


この2人はまだ常識のある2人だったな…


お言葉に甘えて俺は天体望遠鏡を覗き込む。
そこには真っ暗の中光る月が見えていた。
黒崎 柚
……。
何だか段々と悲しくなってくる。

本当に“何だか”で何でなのかは分からない。

ふいに少しだけ目が熱くなって、俺は慌てて望遠鏡から離れると2人に背を向けた。
黒崎 柚
もう、いいよ…ありがとう…。
辻井 陸
おう?
指先についた広い星空を映す水滴を見て、更に気分は沈む。


これは何に対してなんだろうな……
悲しいから?
るーとの思い出を思い出したから?
それとも………こんな俺が情けないからか?

考えれば考えるほど答えは見つからない。

だからもう考えるのは止めた。その代わりに…
黒崎 柚
早く終われ…
この天体観測…いや、防災教室が終わることだけを考えていた……。

























本多 椿
へぇ!柚ちゃんって3人も弟君とか妹さんがいるんだ?
黒崎 柚
そう。
本多 椿
いいなぁ、兄弟とか姉妹って。
黒崎 柚
いないの?
本多 椿
うん、一人っ子。
教室に戻って来て、就寝時間になるまであと30分。

最初は本を読んでいたが、椿に話しかけられ読書を中断していた。
本多 椿
ちなみに何歳?
黒崎 柚
14歳が1人とあとは8歳。
本多 椿
もしかして双子ちゃん?
黒崎 柚
うん。
本多 椿
わぁ!もっと羨ましいよ〜!14歳って言えば…駿君!駿君の妹さんも14歳じゃなかった?
相澤 駿
まぁ、そうだな。
本多 椿
柚ちゃん、4人姉弟なんだって!しかも弟君が14歳って。
黒崎 柚
駿がいつも言ってる妹って1つ下だったんだ?
相澤 駿
ほんと手間のかかる奴だよ。すぐに甘えに来るから。
そうだったらいいのに……なんて、少しだけ心の中で思ってみる。
黒崎 柚
…自立し過ぎも何か寂しいし、甘えてもらえるの羨ましい。
本を指先でなぞり、横目で駿を見ながら呟く。

悠翔はあまり俺に甘えようとしない。
何でも自己解決しようとする。
黒崎 柚
まっ、僕のせいなんだけどね…
るーが自殺を図ったあの日。

あの日を境にして悠翔は俺に甘えなくなった。

まだ幼い玲依と結依に対しては普段通りに接しているが、2人がいないところであの日に苦しみ続ける俺の姿を目の当たりにしたからだろう。

気付けば、暫くの間は2人の相手を全て悠翔がしていて、俺に1人の時間を与えてくれていた。

そこからは人に頼ることなく悠翔は成長した。
成長した上に俺に対してかなりの配慮をしている。

それはなんて言うか……姉として少し寂しい。
相澤 駿
大変なんだな…あ、前から一つ聞きたかったことがあるんだけどさ。
黒崎 柚
ん?
相澤 駿
柚はいつも何を見てるんだ?
意外な質問に俺は少し目を見開く。

驚く俺に対して、椿はイマイチ理解出来ていないようだった。
本多 椿
駿君、どういうこと?
相澤 駿
言い方が悪くなるけど…周りのことに無関心な感じに見えるから、周りを見ない代わりに見ているのは何か気になって。
黒崎 柚
…………何も見てないよ。
相澤 駿
え?
自然と口から出た答えに俺は視線を下げる。

これは嘘偽りの無い本心だった。

次に浮かんだ言葉に思わず、笑いそうになる。
黒崎 柚
正確には何も“見えない”、かな。僕には光が見えない。一人で真っ暗な道を歩き続けている気分。
本多 椿
柚ちゃん…
黒崎 柚
失われた光は取り戻せない。失ったのにそこからさらに一人で歩き過ぎたせいで隣を歩いてくれる人はもう誰もいない。
ぶつぶつと呟くように言葉を繋げる。

はっと思って視線を上げた時、2人の心配そうな視線が刺さった。
黒崎 柚
ご、ごめん、変なこと言った。
その場から消えたい。

立ち上がった俺は二人から逃げるように速足で教室を後にした。

やってきたのは前にも来たほとんど人が来ない屋上前の階段。

座り込むなり大きな溜息が零れる。
黒崎 柚
余計なことを…
そこでふと前に睦希と虎雅が勝手に屋上に入っていたことを思い出す。


まだ直ってないよな……


いつもなら絶対に見たくないのに今は無性に見たくなった。

立ち上がり、少し重い扉を開ける。

誰もいない…………と思い込んでいた屋上には私服の子がいて、夜空を眺めていた。

俺に気付き会釈をすると肩くらいまである緩いウェーブのかかった髪を揺らして、横をすり抜けて階段を下りて行った。
黒崎 柚
女の子?私服で来るのは強い…
暗くて顔は見えなかったが、体形的に女子だろう。

今日は3年の俺達だけではなく、他学年も泊まっているから俺が知らないだけの可能性もある。


まぁ、俺には関係ないか……って、もうこんな時間…


考えたせいで時間が過ぎ、消灯時間前の人数確認まであと数分しかなくなっていた。

見ることを諦めきれなかった俺はスマホで写真を何枚か撮って、屋上を後にしたのだった。
てか…結局、防災教室ってある意味ないな…。

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