第40話

六人目、七人目 剣道
662
2020/03/23 10:00
宍田 拓磨
か、は…っ…いってぇ……
石舘 瑛士
拓磨!!
黒崎 柚
痛いだろうね、鳩尾みぞおちだし。
俺をキッと睨みつける苦しげな拓磨。

瑛士はいつもと違い過ぎる俺に戸惑っているのかオドオドして拓磨の横にしゃがむだけ。
黒崎 柚
でもさ、拓磨は何回僕の鳩尾を殴った?蹴った?
宍田 拓磨
そんなの知るかよ…っ
黒崎 柚
正解は93回。今は手加減したから痣も出来ないだろう。だけど、拓磨はいつも本気でやったよね。痛いからやめてって言っても髪を掴んでさ…お腹はいつも痣だらけさ。
苛立ちを抑えて、俺は近くにあったパイプ椅子をハンカチを使いながら引っ張ると座る。
黒崎 柚
瑛士も瑛士だよ、見てるだけの傍観者。
石舘 瑛士
それは…
黒崎 柚
自分がいじめられるのが怖い?他人ならいいやって?カスだな、お前。
石舘 瑛士
……ごめん…。
瑛士はそこまで強くない。

責めれば簡単に砕けることは知っている。

それなら、拓磨は瑛士を責めて辞めさせれば良かったけどそれをしなかった理由。

それは瑛士が周りからまぁまぁの人気があった。

成績も良いから辞めれば理由を聞かれる。

拓磨だって判明したらハブられる、それを恐れたのだろう。
黒崎 柚
携帯出して。
宍田 拓磨
何でお前なんか言うこと ────
ドゴッ!!!
宍田 拓磨
う"っ…ゲホッゴホッ!!!
黒崎 柚
いいからそういうやつは。さっさと出せって言ってんの。何?このまま吐くまで鳩尾蹴られたい?
宍田 拓磨
くっそ……
舌打ち混じりにそう言って、拓磨がスマホを尻ポケットから出して俺に渡す。

俺はそのスマホを取ると、隣の瑛士を見る。
黒崎 柚
瑛士は?
石舘 瑛士
そこの鞄の中に入ってる紺のケース…
そうパイプ椅子の近くの男物の鞄を指す。

2人のことを逃がさないよう監視して後ろに下がると瑛士の鞄の中からスマホを取る。
黒崎 柚
これ?
石舘 瑛士
うん…
宍田 拓磨
…今までのD組の奴らが怪我したり死んだりとかって全部お前のせいか?柚。
石舘 瑛士
え、でも拓磨。颯汰の怪我って犯人男じゃなかった?
黒崎 柚
そうだよ。それに"友達がいない"んだから頼る人なんていないじゃん。
宍田 拓磨
……確かにそうか…。で、俺達をどうするつもりだ。
黒崎 柚
本当なら殺したいところだけど、そこまで僕は鬼じゃない。ゲームをしよう。
宍田 拓磨
は?ゲーム?
黒崎 柚
そう、お前らのどっちかが剣道で僕から1本取ったら鍵を渡すよ。
石舘 瑛士
柚が圧倒的に不利じゃ…
黒崎 柚
…ただし、制限時間がある。
俺は2人を見ながら手錠の本当の使い道である脱出芸に使用する水槽に水を溜める。
黒崎 柚
どっちかがこれに顔を付けてる間だ。普通の人の平均は約1分半、水泳部ならもっと長い。どっちがやるかは決めていい。水泳を習っていたから時間が稼げる瑛士がやるか、僕を倒す為に強い瑛士を残して拓磨がやるか。
その言葉に拓磨の表情が曇る。

そりゃそうだ、瑛士への劣等感があるのだから。

息を長く止められるのは水泳をやっていた瑛士。
僕を倒す可能性が高いのも瑛士。

拓磨は瑛士よりは息を長く止めるのは無理だろうし、剣道も瑛士より下手。

この選択はどっちを選んでも拓磨は屈辱でしかない。
石舘 瑛士
まず柚って剣道したことあるの?
黒崎 柚
少しだけ?道場に行ってたけど、2回でやめた。
石舘 瑛士
2回…
黒崎 柚
まぁ、そんなことはいい。どっち?
瑛士と拓磨が顔を合わせる。

俺は薄手の手袋をするとテレビに見た時に映っていたのを思い出して竹刀を2本取る。

片方には粘着力の無いテーピングを巻いた。
石舘 瑛士
いいよ、俺が頑張って時間を稼ぐ。拓磨がやってくれ。
宍田 拓磨
………分かった。竹刀寄越せ。
黒崎 柚
はい。
竹刀を拓磨の前に投げる。

瑛士は立ち上がると、水槽の前に立った。

俺を睨み付けながら拓磨は手錠がかかったままの両手で竹刀を握り締めると息を吐き、顔を上げる。
黒崎 柚
瑛士、大体の時間を伝えといたら?
石舘 瑛士
え、あぁ…小学校の頃は3分以上持ってたけど今はどんくらいか…
宍田 拓磨
やったことあるって言っても2回だろ?さっさと終わらしてやる。
黒崎 柚
まぁ、頑張って。瑛士が顔を付けると同時に開始な。
石舘 瑛士
ふぅ…………
脚立に登った瑛士がスっと息を吸って、水槽に溜めた水に顔を付ける。

その瞬間、タンっという足音と共に竹刀を握り締めた拓磨が鬼の形相で俺に向かって来た。

…………でも、駄目だ。
カシャッ……トンッ…
黒崎 柚
小手。
宍田 拓磨
は…?
竹刀の先の方で拓磨の攻撃を静かに流すと、聞こえたか聞こえないかくらいの音を出しながら竹刀で拓磨の手の甲を軽く叩く。

固まる拓磨は有り得ないと言いたそうな表情。

睨んではいるが、その顔には"敗北"の色が見えた。
黒崎 柚
……早くしないと瑛士の息が切れるよ?
俺が竹刀を向けてそう言うと、拓磨は水槽に顔をつけて頑張って息を止めている瑛士を見る。

"敗北"の色、一瞬悩んだ表情を見せた拓磨に俺は追い打ちをかけてみた。
黒崎 柚
あぁ、それとも拓磨は瑛士に死んでもらいたいかな?同じ時期に剣道始めたのに瑛士だけが優秀らしいし。
その言葉に拓磨が揺らぐ。

もっとだ、もっと押せばいける。
黒崎 柚
ほんと……可哀想な話だよね。
拓磨は芽衣と同じだ。

芽衣と知歌は同時に入部したにも関わらず、知歌だけが周りからもてはやされている。

それは今の拓磨、瑛士と同じ。

同じ時期に始めたのに瑛士だけが上手くなって、周りからもてはやされた。

芽衣が知歌を恨んだように、拓磨も瑛士のことを妬んでいる。

そんな中、その人は拓磨が勝つということを信じて頑張って息を止めている。

だから、拓磨も頑張ろうとした。

…が、俺はそれを悠々と踏み潰した。
宍田 拓磨
………アイツさえいなければ……
黒崎 柚
……。
敗北しかない、そう悟った時に人はどうするか。

めげずに最後まで立ち向かう。
逆にもう勝つことを諦める。
諦めた上に何かを残したくて欲を叶える。

大体はこの3つの中に当てはまると思う。

今、目の前に殺しやすい状態の瑛士がいる。

となれば、妬む拓磨がやることは1つ。
宍田 拓磨
何で一緒に始めたのに、お前ばっかがちやほやされてるんだよ…!
俺との試合を投げ、拓磨が竹刀を落とす。

そして、脚立の段に片足をかけると思いっきり瑛士の頭を両手で押さえた。
石舘 瑛士
がっ…!?ごぼっ!!
いきなりのことで瑛士の口から空気の泡が出る。

拓磨は無表情でいつも一緒にいて部活仲間である瑛士の頭を押さえ続ける。
黒崎 柚
あーあー…
拓磨が使った竹刀に巻いてあるテーピングを取って、元の位置に返しに行く。

戻って来た時には瑛士は気を失ったのか動かなくなっていた。

はぁ、と溜息をつきながら俺は置いてあるチェーンを拓磨の手錠の鎖に繋げる。

そして……
黒崎 柚
バイバイ、拓磨。
バシャンっ!!!

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