第80話

十一人目 追求
499
2020/08/09 11:32
咳き込む睦希を他所に俺は睦希の手首を掴みリストバンドをズラして自分の方に寄せると、近くにあったスマホを拾い上げる。
黒崎 柚
……。
俺が睦希の手首を照らして見たのは“手首を切った無数の傷跡”だった。


いつも手首にリストバンドをしてたのはこれを隠す為だったってこと…?
この跡、状態的にかなり昔のも……
黒崎 柚
……これ、いつの。
篠原 睦希
…小学校、低学…年くらいから……
黒崎 柚
理由は。
篠原 睦希
家……父さんと母さん、仲悪いんだ…最初は険悪なだけだった…段々その八つ当たりが俺に飛ぶようになって…母さんは俺を守ろうとしたのか何なのか知らないけど…いつも家にいると鍵のついた部屋に入れられる……
黒崎 柚
鍵のついた部屋?
篠原 睦希
そっ…照明がない部屋…だから、いつもスマホで室内照らして過ごしてる…部屋の中からだと鍵、開けられねぇから……
黒崎 柚
何それ…
篠原 睦希
だから、ずっと死にたかった…何回切っても死ねなくて、琉希が相談に乗ってくれたから一時期はやらなかったけど…結局、逆戻り…クラスの人に不幸が訪れまくってさ…死人まで出始めた時、俺は心から喜んだよ…そのうち俺にも不幸が訪れてやっと死ねるって……
親からの八つ当たりに鍵がある真っ暗な部屋。
最悪な家庭環境、10年近く続いている強い自殺願望。
黒崎 柚
…睦希の両親には届かなかった、か……
篠原 睦希
?……前に何で人が変わったかって柚が聞いて、“昔のこと”思い出したって言ったじゃん…
黒崎 柚
ああ…階段にいた時の…
篠原 睦希
そう…小学校の頃は精神が幼いからか常に不安定過ぎて何も出来なかったんだよ…だから、中学じゃそんな自分を変えようと思ってた。錬みたいな奴がいたら助けようって…でも、また周りに流された。自分が同じ目に遭うのが嫌だからって同じことをした…
腕を額に当てて天井を見つめる睦希。
俺は何て声をかければ分からなくて、ただただ睦希の言葉を聞いていた。
篠原 睦希
…で、クラスの異変で色々と考えた時にふと気付いたんだ。1番なりたくなかった…錬と琉希をいじめてた峰本と三室奴らになってるって。
黒崎 柚
まぁ…同じだな…
篠原 睦希
柚は…錬と双子ってくらいよく似てる。癖とか、何でも1人でどうにかしようとするところとか…家族思いとか特に。
黒崎 柚
……。
篠原 睦希
頑張って話しかけてみようと思って、学校帰りの錬を追いかけたことあるんだ、俺…
黒崎 柚
……追いかけた?
篠原 睦希
着いたのはバスケットコートで、そこで他校の子とバスケをしてた…その時に聞いた名前は確か…“タクヤ”と“ハヤト”。2人に錬は“ユズキ”って呼ばれてた…あとは帰った家が“漣”。
まさか、こいつ……


やっぱり口封じするべきだった。
でも、話を聞いてこの手首を見ると俺の良心が報復よりも“夢”を優先しようとする。

空いている手で俺の腕を掴んだ睦希は上体を起こして俺の目を真っ直ぐ見て、こう聞いた。
篠原 睦希
消えた神童“黒崎錬”、本名“漣ユズキ”。今は“黒崎柚”…そうだろ?錬。

プリ小説オーディオドラマ