第5話

火に油を注ぐ
1,227
2020/11/06 10:25
黒崎 柚
っ…
遠山 愛梨
突然、髪結び始めたって思ったら何?オシャレでも始めたとか?
村上 夏帆
キモいっつーの。
遠山 愛梨
しかも、毎日持ち帰ってた上履きも学校に置くようになった?もう何も起きないって思ったの?
愛梨に頬を強くビンタされ、俺は頭がくらりときたが、何とか踏み止まる。
黒崎 柚
……。
鈴本 葵
わ、ついに黙りだ黙り。
遠山 愛梨
何か言い返せばいいんじゃねーのー?
村上 夏帆
無理だから黙ってるんだって。
勝手に人の机にどんどん落書きをしていく愛梨達。
人をゴミ扱いするのに構うなんて余っ程のアホなんだろうね、虫以下かも。


周りの奴らも笑いやがって……そうやって、いじめ現場見て笑っていられるのも今のうちだって。
黒崎 柚
チッ……
自然と出た舌打ちに愛梨達の手は止まり、教室の笑い声もピタリと止む。
遠山 愛梨
…何?今の。
黒崎 柚
別に何もないよ。
鈴本 葵
はぁ?確実に舌打ちしたじゃん。
黒崎 柚
気のせいでしょ。
遠山 愛梨
私達が間違ってるって言うの?
黒崎 柚
そんなこと一言も言ってない。
遠山 愛梨
大体、あんたがいつも間違ってて、私達が全部正しいの!そんくらい理解したらどう?馬鹿じゃない!?ゴミの分際で舌打ちとかふざけんな!!
段々と舌打ちされたことへの怒りを露わにしてきた愛梨が再び俺にビンタする。
黒崎 柚
…僕が間違って、愛梨達が全部正しい?それで僕はゴミ?
遠山 愛梨
そう!何か違うことでもある!?
黒崎 柚
なら、いつも先生がテストの採点間違っていたのかも。僕は間違ってるはずなのにいつも満点で、全部正しいはずの愛梨は68点だったんだから。あと僕がゴミなら何でわざわざゴミにビンタしてる?ゴミのこと気にし過ぎてると思う。
視線を逸らさず真っ直ぐ見続けてそう言うと、愛梨の怒りは確実に増した。
でも、事実で間違ったことは一言も言ってない。
遠山 愛梨
調子乗りやがっ……
笹倉 氷翠
何を騒いでいるんですか?
相澤 駿
愛梨、なんて言ってんのかは知らないけど声が廊下まで聞こえてる。
愛梨がついに殴りかかってこようとしたとき、いいタイミングで次の授業の準備を取りに行っていたDの駿と氷翠がやって来て、愛梨はピタリと止まり、その手を降ろした。
遠山 愛梨
いや、何もないけど?
笹倉 氷翠
そう…黒崎さん、頬が赤いみたいだけど…まだ体調が優れない?
黒崎 柚
え、あ…
相澤 駿
てか、お前ら何してるんだよ。人の机に落書きって思ったら書いてる内容悪口ばっかじゃん。
村上 夏帆
…書いてるだけで別にそう思ってるわけないしー。いつも溜まってる愚痴をただ書いてただけ。
鈴本 葵
そうだよ、夏帆の言う通り。
笹倉 氷翠
ちょっと、ごめんね。黒崎さん。
黒崎 柚
痛っ…!
ビンタによってヒリヒリして熱いところに氷翠の冷たい手が触れたことで痛みが集中して思わず口に出してしまう。


やっば…今のは"痛い"じゃなくて"冷たい"って言わないといけなかった…でも、もう手遅れかも…


その予想は見事に的中していた。
笹倉 氷翠
……"痛い"?
手を止め、眉をひそめた氷翠。
私達の方が気になったのか夏帆、葵と話していた駿が「どうした?」とこっちに来る。
笹倉 氷翠
今、黒崎さんの頬が赤いから熱かと思って頬に触れたら痛いって…
相澤 駿
は?
氷翠の説明に駿の声色が少しだけだけど、怒りを含んだように変化した。
氷翠も駿もいじめには厳しいのはみんな知ってる。
だからこそ、2人がいない時に行われていたんだ。
相澤 駿
柚。その赤い頬って熱とかじゃなく、もしかして誰かに叩かれた?
黒崎 柚
えっと…
いやいやいや、ちょっと待て。
ここで駿達が愛梨達を怒ったら、火に油を注いでるだけで陰湿ないじめに発展するだけじゃん。
夏帆達も消すんじゃなくて何か置くとかして、落書きくらい隠せよ。見つかったら疑われるにきまってんだろ。
頭の中でどんどん吐かれる愚痴を呑み込み、今なにを言うのかを最優先で考える。
俺を見る2人の後ろの愛梨達は言うなと言う目で俺を睨んで、周りの奴らは見てるけど可能な限り他人として過ごそうとしている。
黒崎 柚
ただ…ぶつけただけ……
笹倉 氷翠
右と左、両方をですか?
相澤 駿
じゃあ、どうやってぶつけた。
黒崎 柚
……。
無理だな、これ。
どうやって言い訳するんだよ。
すると、中々言わない俺に何となく察しがついてきたのか2人は真っ直ぐと俺を見て…
笹倉 氷翠
もし、本当に遠山さん達に叩かれたのなら、今の黒崎さんの机も含んで立派ないじめです…。
相澤 駿
俺はもしこのクラスにいじめがあるんだったら絶対にそんなこと許せない。いじめは…人を自殺にまで追い込むこともある最低最悪な行為だ。
『いじめは人を自殺にまで追い込む』


駿が言ったその一言が何回も繰り返される。
視点は定まらず、自分は今、何を見ているんだ?
そんなことも分からずにその言葉が響き続けていると、自然と口に出していた。
黒崎 柚
人を自殺に………い"ぃっ!!!
俺の頭がプレス機に押し潰されるような痛みと共に"あの悪夢"がフラッシュバックする。


ゴミのような日々も慣れてたのに救ってくれた君。
俺の知らないところで助けてくれた君。
それなのに、俺は何も知らなかった。俺は君が身代わりになっていたなんて知らなかった。君の笑顔の裏に黒いことがあるなんて。


窓枠に足をかけて、初めてで最後の涙を見せた君は笑いながら言った。
「錬、最後まで守ってあげれなくてごめん…。」
必死に手を伸ばしても届かない。
俺の何気のない日々にあった光が消えていく。
真っ暗闇の俺に唯一、差し込んでいた光が。
どうして、光が消えたのか?
そんなの考えるまでもない。
黒崎 柚
紛れもなく、俺のせいだ……っ…!
掠れて誰かに聞こえることもないほどの声で言うと同時に平衡感覚が無くなって、体が重力に従った末、地面に打ち付けられる。
いつも"あの悪夢"を見る時に出る大量の汗が一気に体を熱くしていく。
笹倉 氷翠
黒崎さん!
さっきのビンタなんて痛くも痒くもない。
きっと、骨を折られても痛いとは思わないだろう。
上手に呼吸が出来ない。
前がぼんやりとしか見えない。
誰かが何かを言っているのは分かる。
でも、それが誰なのか氷翠なのか駿なのか。それか他の誰かなのかも分からない。
頭が潰れそうに痛い…体は熱いのに寒い……
火に油を注ぐ…これは1回学校に来るのをやめて、不登校になって、裏から報復する方が身のためにも吉なのかもな…
そう思っていると、いつの間にか俺は意識を手放していた…

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