愛梨に頬を強くビンタされ、俺は頭がくらりときたが、何とか踏み止まる。
勝手に人の机にどんどん落書きをしていく愛梨達。
人をゴミ扱いするのに構うなんて余っ程のアホなんだろうね、虫以下かも。
周りの奴らも笑いやがって……そうやって、いじめ現場見て笑っていられるのも今のうちだって。
自然と出た舌打ちに愛梨達の手は止まり、教室の笑い声もピタリと止む。
段々と舌打ちされたことへの怒りを露わにしてきた愛梨が再び俺にビンタする。
視線を逸らさず真っ直ぐ見続けてそう言うと、愛梨の怒りは確実に増した。
でも、事実で間違ったことは一言も言ってない。
愛梨がついに殴りかかってこようとしたとき、いいタイミングで次の授業の準備を取りに行っていたDの駿と氷翠がやって来て、愛梨はピタリと止まり、その手を降ろした。
ビンタによってヒリヒリして熱いところに氷翠の冷たい手が触れたことで痛みが集中して思わず口に出してしまう。
やっば…今のは"痛い"じゃなくて"冷たい"って言わないといけなかった…でも、もう手遅れかも…
その予想は見事に的中していた。
手を止め、眉をひそめた氷翠。
私達の方が気になったのか夏帆、葵と話していた駿が「どうした?」とこっちに来る。
氷翠の説明に駿の声色が少しだけだけど、怒りを含んだように変化した。
氷翠も駿もいじめには厳しいのはみんな知ってる。
だからこそ、2人がいない時に行われていたんだ。
いやいやいや、ちょっと待て。
ここで駿達が愛梨達を怒ったら、火に油を注いでるだけで陰湿ないじめに発展するだけじゃん。
夏帆達も消すんじゃなくて何か置くとかして、落書きくらい隠せよ。見つかったら疑われるにきまってんだろ。
頭の中でどんどん吐かれる愚痴を呑み込み、今なにを言うのかを最優先で考える。
俺を見る2人の後ろの愛梨達は言うなと言う目で俺を睨んで、周りの奴らは見てるけど可能な限り他人として過ごそうとしている。
無理だな、これ。
どうやって言い訳するんだよ。
すると、中々言わない俺に何となく察しがついてきたのか2人は真っ直ぐと俺を見て…
『いじめは人を自殺にまで追い込む』
駿が言ったその一言が何回も繰り返される。
視点は定まらず、自分は今、何を見ているんだ?
そんなことも分からずにその言葉が響き続けていると、自然と口に出していた。
俺の頭がプレス機に押し潰されるような痛みと共に"あの悪夢"がフラッシュバックする。
ゴミのような日々も慣れてたのに救ってくれた君。
俺の知らないところで助けてくれた君。
それなのに、俺は何も知らなかった。俺は君が身代わりになっていたなんて知らなかった。君の笑顔の裏に黒いことがあるなんて。
窓枠に足をかけて、初めてで最後の涙を見せた君は笑いながら言った。
「錬、最後まで守ってあげれなくてごめん…。」
必死に手を伸ばしても届かない。
俺の何気のない日々にあった光が消えていく。
真っ暗闇の俺に唯一、差し込んでいた光が。
どうして、光が消えたのか?
そんなの考えるまでもない。
掠れて誰かに聞こえることもないほどの声で言うと同時に平衡感覚が無くなって、体が重力に従った末、地面に打ち付けられる。
いつも"あの悪夢"を見る時に出る大量の汗が一気に体を熱くしていく。
さっきのビンタなんて痛くも痒くもない。
きっと、骨を折られても痛いとは思わないだろう。
上手に呼吸が出来ない。
前がぼんやりとしか見えない。
誰かが何かを言っているのは分かる。
でも、それが誰なのか氷翠なのか駿なのか。それか他の誰かなのかも分からない。
頭が潰れそうに痛い…体は熱いのに寒い……
火に油を注ぐ…これは1回学校に来るのをやめて、不登校になって、裏から報復する方が身のためにも吉なのかもな…
そう思っていると、いつの間にか俺は意識を手放していた…
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。