初めての祭りが終わって2日。
今週末からの沖縄の勉強合宿で必要なものを買う為に俺は大きいショッピングモールに来ていた。
旅行なんて久しぶりで買い出しに誰かついてきてもらいたかったのだが、澪晴は一緒にいて目撃された時に困る、無論クラスに友達なんていない、悠翔はクソジジイの元で練習している、お母さんは仕事……と何だかんだで颯斗くらいしかいなかった。
着替えとか水着も必要だけど、メモの大体が俺がもう一度読みたかった本だった。
長ジーンズに上は半袖の上に長袖の上着。
別に暑くはないけど、悠翔がやめた方が良いって言うんだったら多分そっちが正解なんだと思う。
颯斗や店員さんの助言を貰いながら服と水着を買い、本屋で時間をかけて目的の本も買った。
他のものも颯斗がスグに見つけてくれ一瞬でメモの物を全て手に入れることが出来た。
買い物の途中で誰かと出くわしてしまう等といった問題もなかった。
あとは帰るだけ。
この調子なら普通に何事もなく帰れる。
俺はかなり重い紙袋を持ちながら、何も変わらないのにエレベーターに早く来てくれと念を送る。
想像はしていたけど、ここまで重いとは…
颯斗に荷物の半分を持ってもらっているけど、半分でこの重さなら家まで帰れるか心配になる。
やって来たエレベーターには誰も乗っていなくて、この量の荷物があると狭くなるからラッキーと思いながら俺は乗り込んだ。
突然、1階に向かっていたエレベーターは止まり、目の前が“真っ暗”になった。
いきなりのことで演じることが出来なかった。
そうなれば、一瞬にして俺は終わる。
呼吸が苦しくなって、
周囲の温度が一気に下がって、
めまいがして、ふらついて、背中を壁に打って、
手に持っていた紙袋はいつの間にか落としていて、
すとんとその場に崩れると俺は頭を抱えた。
“あの頃”を思い出し、今の自分を直視してしまって、目から溢れる涙を拭うことに必死で颯斗の俺を心配する声に大丈夫と返事をすることが出来ない。
XXX……それは声にならなかった。
これを言えば楽になれる、そう分かっているのに口が言うことを聞いてくれないから凄く辛い。
その代わりに涙声で俺が返したのは…
……行かないで、だった。
心配する声に対しての返答としては大間違い。
何が言いたいのか全く分からない。
横から袋の音がした。
そして、その音から数秒後、涙を拭っていない方の手に温もりを感じる。
そこからの記憶はあまりない。
気付いた時にはエレベーターの外で救急隊の人に何回も何回も大丈夫ですかと声をかけられていた。
聞いたところによるとエレベーターの劣化で電気配線が切れて完全停止したらしい。
モールの館長さんがお詫びで何かくれようとしていたが、これ以上荷物が増えると帰りが大変だと言うことを話すとお詫びと言ってタクシーを出してくれた。
これで二度目だ。
あそこのお化け屋敷でも散々な目に遭った。
暫くは行きたくない。
話題を変えた颯斗が出したのは演劇。
タクシーが家の前に着いて、2人で大量の荷物を玄関前まで持って行くと颯斗は手を振り帰った。
知歌を落として嬉しがった芽衣。
勉強合宿行く前にもう1人くらい報復しときたいし、丁度良い。次は芽衣にしよう。
知歌を取り込めたら楽なんだろうけど、多分会えないだろうしちょっと難しいか…
明日か明後日、知歌に会えますように…なんて神様に軽く祈ると俺は玄関のドアを開けたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!