ガァンッ!!
椅子が倒れる音。
俺は見事に床にぶつかっていた。
拓磨は俺の横を通り過ぎるとき、わざと椅子を蹴りながら歩いたから。
それが俺が今床を見ている原因。
すると、見ていたのか氷翠がじっと拓磨を見る。
目の前が一触即発の状態。
陸と喋っていた駿も床に座り込む俺を見た後、氷翠と対峙している拓磨に視線を移す。
言葉をぶった切られたところで初めて背を向けている氷翠の感情を読み取ることが出来た。
あの氷翠が怒ってる…
誰かを注意をすることはあるが氷翠が怒っているのは見たことがない。
でも、この声は怒っているように聞こえる。
…………………知ってるよ、そんなことくらい。
氷翠の言葉に湧いたのは呆れの感情だった。
分かりきったことを言われて俺は無意識の内にポケットの中で拳を握りしめる。
言い返そうとは思ったけど、それもめんどくさくなって俺は誰にも聞こえない溜息を零すだけにしておいた。
顔を上げて、氷翠の目をいつもの目で見つめる。
それがどんな目をしているのかは俺には分からないが昔のるー曰く、“この世を諦めている”目をしているらしい。
生きることを諦めるという意味ではない。
この世の全てに期待をしていないってことらしい。
氷翠は凄い良い人だって俺は知ってる。
凄い良い人だからこそ罪悪感に溺れやすい。
学級委員としてクラスの平和の為に努力をしているのは分かるけど、その平和の為に犠牲が出ていることには気が付かなかった。
相談も何もしない俺のことに。
だからこそ、いじめの存在を知った氷翠は気付けなかったことへの罪悪感があるはず。
俺と氷翠の仲介に入ろうとした駿の言葉を俺は遮って、立ち上がる。
それが怒っているのか、懇願しているのか。
俺には分からなかった。
ただそれだけを告げて、俺は教室を飛び出した。
もうすぐ授業が始まるけど行く気はない。
チッ……ったく、Dはめんどくさい…
いじめに干渉していないのは事実だから今ので度を酷くするとは考えていない。
まぁ俺の気にはかなり触るけど。
そこは決めていたことだから曲げるわけにはな。
キーンコーンカーンコーン……
ここ最近の定位置である屋上に続く階段。
座るなりスマホとイヤホンを取り出して片耳にイヤホンを差す。
特に好きでもない適当な曲を再生すると、俺は上を向いて大きな溜息を零した。
んなことより、拓磨の件か…
そんなこと言わず〜、と無理やり丸め込まれて朔が俺の隣に座る。そして…
笑顔で爆弾発言をぶつけてきた。
俺の中で発達が遅れてると言えば思い当たることは1つしかない。
少し下を向くと断崖絶壁。
これ、俺だからいいものの普通の女子なら叩かれる案件だぞこいつ……
その言葉に俺は思わず朔の顔を見る。
いやいや、何言ってんの?
え、いきなり過ぎっていうか…何で俺?
『小学校の頃、天喰は人を殺してる。』
愛梨の言葉が脳裏をよぎる。
あの愛梨達からの珍しい忠告。
そして、この朔の愛梨に対する謎の興味。
………これはちょっと気になるかも。
完璧な存在に、全知全能になる為に。
そして…あのクソジジイを見返す為に。
知らないことは何でも知りたい。
それが俺だ。
拓磨もいるのか…
愛梨の跡をつける気満々の朔。
これだと拓磨に報復しにくい、と思ったがよく考えたらあの人達のことだからずっと6人で行動しているとは思えない。
愛梨達3人の横にずっといるのは愛梨と1番仲のいい男子の涼真くらいだろう。
瑛士と拓磨はどうせ2人でふらっと消える。
ん、これなら拓磨終わったらそのまんま瑛士にも報復出来んのか…
リスクも大して無いし…警察も遊園地まで張り込むようなことはまだしないはず。
このクラスの異常さから警察の人が学校を訪ねることが多くなっていた。
でも、証拠もなんも無しで被害者がこのクラスの人ってことしか分からないから役立たない。
断るのも大変でやりたくないなぁ……
でも、申し訳ない気持ちが強いっていうか…
結局、俺は肯定の返事をした。
流石、財閥の息子……
それじゃ、今週末はよろしくお願いしますね、と言いながら立ち上がると朔は階段を降りていなくなった。
あ〜…これは今夜も徹夜になるのかな……
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。