第37話

六人目、七人目 宍田拓磨、石舘瑛士
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2020/03/04 04:47
宍田 拓磨
あっ、ごめーん。
ガァンッ!!
椅子が倒れる音。

俺は見事に床にぶつかっていた。

拓磨は俺の横を通り過ぎるとき、わざと椅子を蹴りながら歩いたから。

それが俺が今床を見ている原因。

すると、見ていたのか氷翠がじっと拓磨を見る。
笹倉 氷翠
宍田君、何ですか今のは。
宍田 拓磨
ぶつかっただけじゃん。え、何?もしかして氷翠、俺がわざと柚にぶつかったって思ってんの?
笹倉 氷翠
誰もそうとは言っていないでしょう。
目の前が一触即発の状態。

陸と喋っていた駿も床に座り込む俺を見た後、氷翠と対峙している拓磨に視線を移す。
黒崎 柚
氷翠、別に大丈夫だか ─────
笹倉 氷翠
大丈夫じゃないです。
言葉をぶった切られたところで初めて背を向けている氷翠の感情を読み取ることが出来た。


あの氷翠が怒ってる…


誰かを注意をすることはあるが氷翠が怒っているのは見たことがない。

でも、この声は怒っているように聞こえる。
笹倉 氷翠
黒崎さん、貴方はいつも1人で抱え込みすぎなんです。もっと…自分の意見を言ったり誰かを頼ったりした方が良いと私は思います。
黒崎 柚
……。
…………………知ってるよ、そんなことくらい。


氷翠の言葉に湧いたのは呆れの感情だった。

分かりきったことを言われて俺は無意識の内にポケットの中で拳を握りしめる。

言い返そうとは思ったけど、それもめんどくさくなって俺は誰にも聞こえない溜息を零すだけにしておいた。
黒崎 柚
別に……僕は助けなんか求めてない。僕は独りでだって生きていけるから。
顔を上げて、氷翠の目をいつもの目で見つめる。

それがどんな目をしているのかは俺には分からないが昔のるー曰く、“この世を諦めている”目をしているらしい。

生きることを諦めるという意味ではない。

この世の全てに期待をしていないってことらしい。
笹倉 氷翠
黒崎さん……
黒崎 柚
事件ばかりのこのクラスの1人として誰に襲われようとも僕は生き残る。絶対に生き残ってみせる。
氷翠は凄い良い人だって俺は知ってる。

凄い良い人だからこそ罪悪感に溺れやすい。

学級委員としてクラスの平和の為に努力をしているのは分かるけど、その平和の為に犠牲が出ていることには気が付かなかった。

相談も何もしない俺のことに。

だからこそ、いじめの存在を知った氷翠は気付けなかったことへの罪悪感があるはず。
黒崎 柚
このクラスに信頼とかできる人なんていない。理由は…言わなくても分かるよね。
相澤 駿
おい、柚!氷翠はお前の為に ───
黒崎 柚
うるさい!!
俺と氷翠の仲介に入ろうとした駿の言葉を俺は遮って、立ち上がる。
黒崎 柚
駿が僕の何を知ってるの?何も知らないでしょ?氷翠が僕の為に何をしてくれたのかは知らないけどもうやめて。お願いだから。
それが怒っているのか、懇願しているのか。

俺には分からなかった。
黒崎 柚
僕を独りのままでいさせてくれ。
ただそれだけを告げて、俺は教室を飛び出した。

もうすぐ授業が始まるけど行く気はない。
チッ……ったく、Dはめんどくさい…
いじめに干渉していないのは事実だから今ので度を酷くするとは考えていない。

まぁ俺の気にはかなり触るけど。

そこは決めていたことだから曲げるわけにはな。
キーンコーンカーンコーン……
黒崎 柚
あ〜あ……なんて、自分の意思か…
ここ最近の定位置である屋上に続く階段。

座るなりスマホとイヤホンを取り出して片耳にイヤホンを差す。

特に好きでもない適当な曲を再生すると、俺は上を向いて大きな溜息を零した。
黒崎 柚
はぁぁぁ……
んなことより、拓磨の件か…
天喰 朔
サボりですか?柚さん。
黒崎 柚
………何でいるの。
天喰 朔
勉強したくなかったからですね。
黒崎 柚
……。
天喰 朔
行かないでくださいよー。僕はひとり嫌なんで。
黒崎 柚
知らない。
天喰 朔
いいじゃないですか、サボり同士仲良くしましょうよ。
黒崎 柚
嫌なんだけど……
そんなこと言わず〜、と無理やり丸め込まれて朔が俺の隣に座る。そして…
天喰 朔
柚さんは何でクラスの犠牲になったんです?周りの女子に比べて発達が遅いからですか?
笑顔で爆弾発言をぶつけてきた。

俺の中で発達が遅れてると言えば思い当たることは1つしかない。

少し下を向くと断崖絶壁。


これ、俺だからいいものの普通の女子なら叩かれる案件だぞこいつ……
黒崎 柚
知らない。
天喰 朔
あ、凄い話変わるんですけど今度遊園地に遊びに行きませんか?
黒崎 柚
はぁ?
その言葉に俺は思わず朔の顔を見る。


いやいや、何言ってんの?

え、いきなり過ぎっていうか…何で俺?
天喰 朔
僕、遊園地とか行ったことなくて一度行ってみたいなぁ…って思って!遠山さんが今週末に行くって聞いたのでそれもみたいんですよー
黒崎 柚
愛梨が見たいの?
天喰 朔
まぁはい。ちょっと色々とあって彼女のこと嫌いです。
『小学校の頃、天喰は人を殺してる。』
愛梨の言葉が脳裏をよぎる。

あの愛梨達からの珍しい忠告。

そして、この朔の愛梨に対する謎の興味。


………これはちょっと気になるかも。
完璧な存在に、全知全能になる為に。

そして…あのクソジジイを見返す為に。

知らないことは何でも知りたい。

それが俺だ。
黒崎 柚
愛梨達、他は誰と行こうとしてる?
天喰 朔
えっと、女子が村上さん、鈴木さんで男子が瑛士君、涼真君と〜…拓磨君。
黒崎 柚
へぇ…
拓磨もいるのか…
天喰 朔
あ、勿論、現地で一時解散でも大丈夫ですよ!目的は乗り物に乗ってみたいのが大部分ですけど遠山さんも気になりますので!柚さんが遠山さんを見てもつまらないでしょう?
黒崎 柚
う〜ん…
愛梨の跡をつける気満々の朔。

これだと拓磨に報復しにくい、と思ったがよく考えたらあの人達のことだからずっと6人で行動しているとは思えない。

愛梨達3人の横にずっといるのは愛梨と1番仲のいい男子の涼真くらいだろう。

瑛士と拓磨はどうせ2人でふらっと消える。
ん、これなら拓磨終わったらそのまんま瑛士にも報復出来んのか…

リスクも大して無いし…警察も遊園地まで張り込むようなことはまだしないはず。
このクラスの異常さから警察の人が学校を訪ねることが多くなっていた。

でも、証拠もなんも無しで被害者がこのクラスの人ってことしか分からないから役立たない。
黒崎 柚
…いいよ。
天喰 朔
ありがとうございます〜!半ば強制的に誘ってしまったので入園料とか諸々は僕が払います。
黒崎 柚
いやいや、別に大丈夫。お金なら…
天喰 朔
僕の我儘に付き合ってくれるのでそのお返しと思っといてください。
断るのも大変でやりたくないなぁ……

でも、申し訳ない気持ちが強いっていうか…
黒崎 柚
じゃあ…
結局、俺は肯定の返事をした。
黒崎 柚
集まるの駅前でいい?
天喰 朔
車にしましょう。遠山さん達に見つかりたくないので。
黒崎 柚
車ってお父さん出張でしょ?
天喰 朔
じいやに頼みます!
流石、財閥の息子……
黒崎 柚
分かった。家は嫌だから…朔の家って薊ヶ丘と千代瀬の間くらいにあるあの大きいやつ?
天喰 朔
はい、あれですね。
黒崎 柚
じゃあ、そこに7時くらいに行く。
天喰 朔
了解です。
それじゃ、今週末はよろしくお願いしますね、と言いながら立ち上がると朔は階段を降りていなくなった。
黒崎 柚
これで報復の舞台は決まった…でも、内容は一緒にやる瑛士も合わせて練り直しかぁ……
あ〜…これは今夜も徹夜になるのかな……

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