火ノ宮くんと会う時は、いつも三時間目直前の休み時間。
いてもたってもいられなくて、まっすぐに保健室へと急いだ。
*
保健室の前に立って、深呼吸。
ドアノブに手をかけた、その時。
保健室の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
先生がからかうように火ノ宮くんに問いかけている声を聞きながら、私は保健室の扉を開けた。
保健室の中央にあるソファーに座っている火ノ宮くんは、驚いたようにこちらに目を向けた。
私が話を切り出そうとした時、廊下側からバタバタと走ってくる足音が聞こえて、誰かが飛び込んできた。
保健の先生が救急箱を持って野球部員と出ていってしまい、一気にシーンと静まり返った保健室にはふたりきり。
突然緊張してしまって、しどろもどろになりながら名前を呼ぶと、火ノ宮くんはソファーの自分の隣をポンポンと叩いた。
それに従って、彼の隣に座る。
いつもベッドに座る時にはもっと近かったはずなのに、その距離に急に恥ずかしさを感じる。
そんな心情を知らない火ノ宮くんは、私の手を取った。
触れても、やっぱり彼の本音は少しも聞こえない。
自分の鼓動の速さを落ち着かせるように、胸に手を当てる。
火ノ宮くんは、ただ私の顔を見つめるだけ。
自分がどんな表情をしていたのかは、分からない。
火ノ宮くんが、目を見開いて私を見た。
突然告げられ、頭で理解する前に、火ノ宮くんがこちらに少し距離を詰めてくる。
手を握られていて、逃れようもない。
そこで、ようやく気づいた。
彼の本音だけが聞こえなかったんじゃない。
そもそも本音でしか接していなかったからなんだということに。
今も、触れているのに何も聞こえない。
真っ赤な顔で即答する私に、火ノ宮くんがムッとした表情を見せる。
不満げな顔で、それでも私の手を温め続ける彼を見ながら、そんなことを考えていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。