第6話

近づく距離と、手のひら①
次の日。朝から誰にも触れないように気をつけて、愛想笑いを振りまいて、疲れた頃に待ちに待った三時間目直前の休み時間。
二時間目が終わってすぐに席を立ち、誰かに声をかけられる前に教室を出た。
水原桃華
水原桃華
(昨日の今日だし、いくら彼でも二日連続でサボるだなんて、さすがにないかもしれないけど)
水原桃華
水原桃華
(だけど……いてくれたら、嬉しい)
廊下を急ぎ足で進みながら、私はそんなことを考えていた。
保健室の扉を開けた先には、誰もいなかった。
シーンと静まり返った室内に、肩を落とす。
水原桃華
水原桃華
(なんだ……、やっぱりいないや)
いつも火ノ宮くんが寝ているベッドに近づき、カーテンを閉める。
水原桃華
水原桃華
(別に、カーテンまで閉める必要はないんだけど)
水原桃華
水原桃華
(でも、火ノ宮くん以外の、先生が留守にしていることを知らない生徒が入ってきたら嫌だし)
ベッドに腰掛けて、一息つく。
水原桃華
水原桃華
(今日は朝からユカにつかまって、ノートを奪われて、他の子にも回されて……)
水原桃華
水原桃華
(……いつも通り)
人前では自動で作れるようになった笑顔で疲れた頬を、両手で押さえてムニムニと揉む。
水原桃華
水原桃華
(もっとハッキリと言えればいいんだけどなぁ……。でも、心の中でなんて思われているのかって考えたら、私ひとりが我慢したほうがマシ)
水原桃華
水原桃華
(触れて、聞こえてしまうくらいなら)
そこで、ガラッと保健室の扉が開く音が聞こえて、それと同時に入室する足音も聞こえてきた。
水原桃華
水原桃華
(よかった、カーテンを閉めてて。顔を見られずに済んだ)
……と、思ったのも束の間。
その足音は迷うことなく私がいるベッドの方に近づいてきて……
──シャッ。
水原桃華
水原桃華
え?
カーテンの開く音と、私の疑問符が重なった。
見上げた視線の先にいたのは、火ノ宮くん。
水原桃華
水原桃華
なんで……
火ノ宮直央
火ノ宮直央
なんか今日ブスだな
水原桃華
水原桃華
!!
自分の顔を両手で挟んでいたことを思い出して、すぐに離す。
水原桃華
水原桃華
(ブ、ブスって言われた……! 目の前で言われた!)
さすがに真正面から直接言われたことはないから、表情が固まる。
水原桃華
水原桃華
(「ちょっと男子に気に入られてるからって、調子にのんなよブス」って、心の中で言われたことはあるけど)
そんな私の葛藤は知る由もない火ノ宮くんは、冷静に隣に座る。
水原桃華
水原桃華
あっ、邪魔だよね。今からベッド使うんでしょ。二日連続でサボるなんて、大丈夫なの?
火ノ宮直央
火ノ宮直央
今日はサボりじゃない。チャイムが鳴ったら、すぐ出ていく
水原桃華
水原桃華
じゃあ、何しに……
火ノ宮直央
火ノ宮直央
昨日、手冷たかったから
水原桃華
水原桃華
──っ
声にもならなかった。いきなり手を握られたから。
火ノ宮直央
火ノ宮直央
うわ、今日も氷みてー
水原桃華
水原桃華
!?
ベッドに隣同士で座って、誰にも見られないようにカーテンを閉めて、男子に手を握られる。
水原桃華
水原桃華
(冷静に考えると、とてもすごい状況下にいるような……)
大きすぎる自分の鼓動の音に耳を澄ましてみても、それ以外は何も聞こえない。
今日も、彼の心は聞こえない。