第15話

オオカミ少女の憂鬱②
その日は、二時間目終わりの休み時間になっても、保健室へは行けなかった。
廊下で火ノ宮くんに会ったことが、後を引いている。
彼の前ではいつも、自然体の自分でいたから。
水原桃華
水原桃華
(あんな、愛想笑いで面倒事を回避しているようなところは、見て欲しくなかった)
水原桃華
水原桃華
(火ノ宮くん、待ってるかな)
水原桃華
水原桃華
(……ううん、待ってるはずない。勝手に私が会いに行ってただけなんだから)


そして、授業三時間目が終わり、次はユカに頼まれた授業の荷物運び。
外せない約束があると言っていた本人は、休み時間に入ってからずっと、山内くんが黒板消しをしているところに話しかけてる。
水原桃華
水原桃華
(あれが、どうしても抜けられない約束……ね)
私はため息をつき、教室を出て、化学準備室へ向かった。
化学教師
じゃあ、授業までに、各テーブルに用意しといて
水原桃華
水原桃華
はい
先生に指示を受けて、私は両腕に荷物を抱え、ひとりで化学室に入った。
化学室は、全部で八つの大きなテーブルがある。
水原桃華
水原桃華
(ズルいな。皆、当番が回ってくれば、嫌々でもやっていることなのに)
水原桃華
水原桃華
(私だって、自分の番になった時にはやったことなのに)
ため息が止まらない。
なのに、断るどころか笑顔で承諾までしている自分が嫌になる。
水原桃華
水原桃華
(だって、私には本音が聞こえてしまうから……)
水原桃華
水原桃華
(自分がどう思われているのか考えたら、我慢した方がまだマシ)
化学室の扉が開く音がして、振り向く。
水原桃華
水原桃華
あ、先生──
当然のように、先ほどまで一緒にいた先生だと思っていたから、姿も確認せずに名前を呼ぶ。
だけど、そこにいたのは予想外の人物だった。
水原桃華
水原桃華
火ノ宮くん……?
水原桃華
水原桃華
(なんでここに!?)
焦る私の気持ちを、火ノ宮くんは扉と一緒にこの教室の中に閉じ込めた。
火ノ宮直央
火ノ宮直央
これ、ここに置くだけでいいのか?
水原桃華
水原桃華
あっ、うん、ありがとう、手伝ってくれて……。でも、どうしたの?
火ノ宮直央
火ノ宮直央
いや、さっきの時間、保健室に来なかったから
水原桃華
水原桃華
それだけで?
水原桃華
水原桃華
(もしかして、何か心配してくれたとかなのかな)
火ノ宮直央
火ノ宮直央
あと、ここでの仕事押し付けられてんの、見てたから
水原桃華
水原桃華
!!
水原桃華
水原桃華
(やっぱり、あの時聞こえてたんだ……)
火ノ宮直央
火ノ宮直央
いつもあんな感じなのかよ。保健室にいる時とは、全然違うじゃん。無理やり笑ったりしないで、嫌なことは嫌だって言えばいいだろ
火ノ宮くんは、私のことを気づかってくれただけなのかもしれない。
でも……。
水原桃華
水原桃華
火ノ宮くんには分かんないよ。私の気持ちなんて
水原桃華
水原桃華
(誰の目も気にしないでいられる、“自分”で生きていられるあなたには……)
ひどいことを口にした。そんな自覚はあるのに、止まらなかった。
火ノ宮直央
火ノ宮直央
……あっそ。分かった
水原桃華
水原桃華
っ!
ため息と共にきびすを返す彼の背中に、私は反射的に手をつかんだ。
火ノ宮直央
火ノ宮直央
なに?
水原桃華
水原桃華
……なんでもない
触れても、何も聞こえない。
火ノ宮くんは、今度こそ化学室を出ていった。
火ノ宮くんの本音だけは聞こえない。
あんなに安心できたその事実は、私を不安にさせる。
本当は、こんな私を嘲笑っているんじゃないかって。