もう一度触れて確かめたくて、話しかけて気をそらそうとする。
火ノ宮くんが、面倒くさそうにあくびをする。
彼の腕に、手で触れる。
偶然かもしれないから、火ノ宮くんが変な表情を向けるのも構わず、私は手を離さない。
だけど、いつまで待っていても、彼が口から発した言葉以外は何も聞こえてこない。
いつも襲ってくる、あの頭痛もない。
手を離すと、火ノ宮くんは掛け布団を自分の体に引き寄せた。
この時間は、養護教諭の先生がいないと言った。
眉をひそめてこちらを見る彼に、私は「待ってました」と言わんばかりに、口元に笑みを作る。
──見つけた。私が落ち着ける場所。
*
それから私は、毎日保健室に通った。
理由なく授業をサボるわけにもいかないから、三時間目の直前の休み時間の十分間だけ。
火ノ宮くんは居たり居なかったりで、彼には彼なりの周期があるらしい。
私にとっては、ひとりでもふたりでも、どちらでも構わなかった。
いつ出くわしても、火ノ宮くんは、私がそこにいることに特に関心がないようだったし、仮に迷惑だと思われていようが、彼の心は聞こえない。
それが、こんなに心地いいことだったなんて。
*
今日も朝から宿題を見せていると、ユカが右手に持つペンの動きを止めて、上目遣いをしてきた。
ギクッと跳ねた胸に手を当てて、笑顔を返す。
そんな心の声を見せないように、私は適当にはぐらかす。
彼氏だなんて、手を繋ごうものならずっと心の声が聞こえてしまうような存在は、絶対ごめんだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。