その日から、火ノ宮くんがいる保健室に行くのをやめた。
二時間目の授業が終わるたびに時計を確認しては、目をそらしながら。
自分の席で教科書やノートを片付けながら沈んでいる私に、山内くんが話しかける。
山内くんはやわらかく笑って、周りの様子をキョロキョロと伺って、内緒話をするように声をひそめた。
山内くんが何かを告げようとした時、それを察したかのようにユカが乱入して、強制的に終了となった。
私はただ自分の席に着いていただけなのに、なぜかユカに睨まれながら。
そんな時ですら、私は愛想笑いを作っている。
山内くんは苦笑いでユカの話相手を務めながら、私に口パクで「後でね」と目配せをした。
*
火ノ宮くんと会えなくなってから、時間の流れがすごく遅く感じるようになった。
授業を聞いていても、上の空になってしまう。
誰に何を言われても、愛想笑いで乗り切って。
心の中で悪口を言われないようにって、誰にでもいい顔ばっかりして。
誰にも触れないように、常にビクビクして……。
保健室で、私の手を取る顔を思い出す。
板書する先生の声を聞きながら、自分の手のひらを見つめた。
*
授業が終わって、時計を確認する。
運動もしていないのに、妙に疲れてる。
歯切れの悪い言葉の後に、山内くんは教室を出るように促す。
少し気持ちの悪いモヤモヤを抱えながら、私は席を立った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。