第16話

オオカミ少女の憂鬱③
3,966
2020/07/02 04:00
その日から、火ノ宮くんがいる保健室に行くのをやめた。
二時間目の授業が終わるたびに時計を確認しては、目をそらしながら。
水原桃華
水原桃華
(火ノ宮くんは、今も毎日保健室に行ってるのかな)
水原桃華
水原桃華
(私が来ないことを寂しいとか……思うはずないか)
水原桃華
水原桃華
(元々、うるさいって何回も言われてたし。むしろ私が居なくて清々してたりして)
山内
山内
元気ないね
自分の席で教科書やノートを片付けながら沈んでいる私に、山内くんが話しかける。
水原桃華
水原桃華
そうかな? そんなことないよ
山内
山内
それならいいんだけど
山内くんはやわらかく笑って、周りの様子をキョロキョロと伺って、内緒話をするように声をひそめた。
山内
山内
あのさ、水原さえよかったらなんだけど……、今日の放課後、一緒にどこか……
ユカ
ユカ
もー、桃ちゃんてば、目を離すとすぐにふたりきりになろうとしてぇ~。ユカもまぜてよぉ
山内くんが何かを告げようとした時、それを察したかのようにユカが乱入して、強制的に終了となった。
私はただ自分の席に着いていただけなのに、なぜかユカに睨まれながら。
そんな時ですら、私は愛想笑いを作っている。
水原桃華
水原桃華
(波風は立てたくない)
山内くんは苦笑いでユカの話相手を務めながら、私に口パクで「後でね」と目配せをした。



火ノ宮くんと会えなくなってから、時間の流れがすごく遅く感じるようになった。
水原桃華
水原桃華
(学校なんて、つまらない。早く終わればいいのに)
授業を聞いていても、上の空になってしまう。
誰に何を言われても、愛想笑いで乗り切って。
心の中で悪口を言われないようにって、誰にでもいい顔ばっかりして。
誰にも触れないように、常にビクビクして……。
水原桃華
水原桃華
(うん、いつも通り。これが、“私”……)
水原桃華
水原桃華
(これからも、それでいいはずなのに。これが、一番傷つかずに生きていける方法なのに)
保健室で、私の手を取る顔を思い出す。
水原桃華
水原桃華
(元に戻っただけなのに)
板書する先生の声を聞きながら、自分の手のひらを見つめた。
水原桃華
水原桃華
(こんなに冷たかったんだっけ……)


授業が終わって、時計を確認する。
水原桃華
水原桃華
(まだ午前中……)
運動もしていないのに、妙に疲れてる。
山内
山内
水原、次移動だよ。……大丈夫?
水原桃華
水原桃華
うん、ありがとう。あ、そういえば、朝、話途中になってたよね。何だった?
山内
山内
あー、うん……、それは今度で大丈夫かな
水原桃華
水原桃華
そうなの? 分かった……
歯切れの悪い言葉の後に、山内くんは教室を出るように促す。
少し気持ちの悪いモヤモヤを抱えながら、私は席を立った。

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