うつむいて手を胸に当てて歩いていると、前方からかけられた男子の声に、ドキッと胸が跳ねる。
そこにいたのは、クラスメイトの山内くん。
いつも明るくて、誰にでも分け隔てなく優しくて、女子にも人気がある。
ドキドキがおさまらない胸に手を当てて、あいさつを返す。
額に山内くんの手が伸びてきて、思わず身を引く。
山内くんを拒否したのをバレるのが怖くて、私は早口でまくし立てて廊下を急いだ。
*
私が発症したのは、今から三年前。中学二年生の時だった。
それは、何の前触れもなく始まった。
放課後の教室で、友達のミカ、ゆうちゃんと雑談をしていた時のこと。
当たり前のように恋バナに発展して、隣にいたゆうちゃんに触れた時、笑い声に混じって、それと同時に声が聞こえた。
……気づかなかった。これが、心の声だなんて。
友達の好きな人と付き合っていたこと。そしてそれを誰にも秘密にしていたこともあり、彼女が輪から外されるのは、一瞬の出来事だった。
*
今でも、思い出すと胸がギュッと苦しくなる。
それから私は、知り合いが誰もいない遠方の高校に進学した。
もう、絶対に繰り返さないと誓って。
自分が歩いてきたばかりの道を振り返って、またすぐに向き直る。
そのまま歩を進め、自分の教室から遠ざかることを決めた。
*
そして今、私が見上げているのは『保健室』の標識プレート。
嘘をつくことに少しの罪悪感を抱えながら、保健室の扉を開ける。
シーンと静まり返った保健室に、人の姿は見えない。養護教諭の先生の姿さえも。
扉に一番近いベッドに乗って、掛け布団をめくる。
──むにゅっ。
手に何か柔らかい感触と共に、声にならない悲鳴が出た。
ギロッと鋭い目で睨み、迷惑そうに眉をひそめているベッドの先客は、隣のクラスの火ノ宮直央くん。
彼をひと言で言えば、金髪で強面の一匹狼。
周囲に誰も寄せ付けず、最近まで暴力沙汰で停学していたとの噂がある。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!