今回はすぐに視線を逸らされた
ゆっくりと近づいて、彼の前に立ってみてもこちらを見る様子は全くなかった
私は妙に落ち着いていて、まだ一言も会話をしたことがないというのに、彼が床に座って読んでいる本を上から覗き込んでみたりした
上から下まで文字が書かれていて、所々漢字も見える。今考えればどうみても小学生向けの本
「.........すごい」
絵本しか読んだことがなかった私は驚いて、つい声を漏らした
すると、彼は顔を上げて
「こんなこともできねぇのか」
と嬉しそうに言った
それからかっちゃんはご飯ができるまでずっと漢字の読み方や意味を教えてくれた
次の日になっても、その次の日になっても、毎日のように何かを自慢げに披露してきた
その度に私はすごい、かっこいい、と褒め称えた
実際それは本心だったが、何よりいつも側にいてくれたことが嬉しくてついベタ褒めしてしまっていた
今ならわかる。私たちが仲良くなったのは家が隣同士だからではない
お互いが必要としていたものを補い合える存在だったからだ
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!