コンコン。
窓を叩く音。
シャーペンを机に置いて立ち上がる。
もう驚かない。
この時間に窓を叩く人なんて、一人しかいないから。
カーテンを開けると、案の定そこには仁人がいた。
夜風で黒髪が揺れている。
暗い外なのに、不思議と目を引く。
仁人は当たり前みたいな顔で部屋へ入ってくる。
靴を脱ぐ動作まで自然すぎる。
さらっと言う。
心臓に悪い。
最近ほんと無理。
好きって自覚してから、仁人の一言一言に振り回される。
前まで普通だった距離も近く感じるし、目が合うだけで変に意識するし。
なのに仁人は何も分かってなさそうな顔してるから余計腹立つ。
そう言いながら仁人が机を覗き込む。
近い。
少しだけ笑う。
その笑い方が柔らかくて、また困る。
自信満々に言う。
ほんと不思議。
普通に学校来て、普通に隣で話してるのに。
でも時々、“人間じゃない”って嫌でも思い出す瞬間がある。
私は出会った時から知っている。
仁人が天使だってこと。
不幸な人間を助けるためにここへ来ていること。
普通の人間とは違うこと。
全部。
なのに。
こうして話してると、普通の男子高校生みたいで。
だから余計に、分からなくなる。
机の横に置いてあったコンビニ袋を投げる。
仁人がそれを受け取る。
そう言いながら袋を開ける。
その姿が妙に生活感なくて、少し笑ってしまう。
クッションを投げる。
でも今度は避けられた。
仁人はパンを一口食べる。
そのあと窓の外を見た。
仁人は少し笑った。
その時。
ふと、仁人の視線が棚の方で止まった。
私もつられて見る。
そこにあるのは、一つのフォトフレーム。
角が少し欠けている。
綺麗に直したつもりだけど、傷跡は残ったままだ。
仁人は静かに立ち上がり、フォトフレームを手に取った。
その瞬間、昔の記憶が蘇る。
突然現れた仁人。
意味分かんないことばっか言って。
そのくせ、勝手にフォトフレーム壊して。
ほんと最悪だった。
お前だよ
そこで仁人が少し黙った。
いつもみたいな軽い空気じゃなくて、本当に申し訳なさそうな顔。
少し目を丸くする。
今さらなのに。
でも今の“ごめん”は、なんかちゃんと届いた。
思わず笑ってしまう。
フォトフレームを受け取った。
写真の中には、小さい頃の私と、もう一人の女の子。
二人ともぐちゃぐちゃの笑顔で写っている。
ベッドに座り直しながら答える。
仁人は静かに聞いていた。
こういう時、変に話を遮らない。
だから話しやすい。
“だった”。
口にした瞬間、少し胸が痛む。
フォトフレームの欠けた角を指でなぞる。
ふと昔の記憶が蘇る。
───中学一年の春。
新しいクラス。
新しい教室。
最初は不安だったはずなのに、私は割とすぐ輪の中に入れた。
話しかけられて。
笑って。
気づけば、教室の中心で騒いでるようなグループにいた。
うるさくて明るいタイプともすぐ仲良くなって。
毎日が楽しかった。
でも。
その分、少しずつ距離ができていった。
放課後。
昔みたいに声をかける。
でも。
最初は、本当に用事だと思ってた。
でも、それが何回も続いた。
休み時間も。
私が話しかけに行くと、相手のグループが少し静かになる。
悪口を言われた訳じゃない。
無視された訳でもない。
でも。
“あっち側”に行ってしまったんだって空気だけは、痛いほど分かった。
一瞬、意味が分からなくて声が止まる。
𓏸𓏸は続ける。
淡々としているのに、どこか自分を守るみたいな声で。
胸の奥が、きゅっと嫌な音を立てた。
そんなの、誰が決めたの。
気づいたら声が大きくなっていた。
自分でも驚くくらい、真っ直ぐに。
二人しかいない静かな教室の空気が少し揺れる。
止まらなかった。
慌てて言った。
本気だった。
でも。
𓏸𓏸は、困ったように眉を寄せて、それから小さく笑っただけだった。
それは嬉しい笑いじゃなかった。
そこで言葉が途切れる。
私は息を呑んだ。
𓏸𓏸は顔を上げないまま、握った手に力を入れている。
小さく呟く。
仁人は何も言わない。
ただ静かに聞いている。
その言葉に、自分で少しだけ苦しくなる。
だから今でも、このフォトフレームを捨てられない。
少しだけ笑う。
その空気に救われる。
重くなりすぎないようにしてくれてるのが分かるから。
仁人の視線が少しだけこっちを向く。
そう言って、仁人はそのままベッドへ倒れ込んだ。
静かな部屋。
夜風で揺れるカーテン。
隣にいる仁人。
最初は敵みたいだったのに。
今はこうして隣にいるのが、当たり前みたいになってる。
ぼんやり仁人の横顔を見る。
綺麗だなと思う。
でも同時に、不思議だとも思う。
天使なのに。
普通に笑って、くだらない話して、ご飯食べ忘れて。
まるで、人間みたいだから。
仁人がゆっくり目を向ける。
私はフォトフレームを見つめたまま続けた。
部屋が静かになる。
上手く言葉がまとまらない。
ただ
言葉が詰まる。
これ以上言ってはいけない。
少しだけ笑う。
でもその笑顔はすぐに消えた。
仁人は何も言わない。
ただ静かにこっちを見ている。
私は視線を逸らした。
その目で見られると、全部見透かされそうだった。
フォトフレームの欠けた角を指でなぞる。
壊れたのに、まだここにある。
なくならなかった。
言った瞬間、心臓が跳ねる。
重い。
今のかなり重い。
でも止まれなかった。
最後だけ少し小さくなる。
仁人は静かに聞いていた。
否定もしない。
だから余計に苦しい。
喉が詰まる。
なんでこんな必死なんだろ。
こんなの、ほとんど願いみたいじゃん。
少しだけ声が震えた。
仁人の目が、わずかに揺れる。
私は慌てて笑おうとした。
誤魔化すみたいにクッションを押し付ける。
でも仁人は避けなかった。
クッション越しに、小さく笑う気配がする。
そのあと。
仁人がゆっくり身体を起こした。
距離が近くなる。
思わず息が止まった。
仁人は静かに私を見る。
その目は優しいのに、どこか残酷だった。
全部分かってるみたいな顔をするから。
仁人は少し黙った。
その沈黙が怖い。
否定される気がして。
でも。
静かな声だった。
ゆっくり顔を上げる。
仁人は少し困ったみたいに笑った。
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
夜風でカーテンが揺れる。
静かな部屋。
壊れたままのフォトフレーム。
その隣で。
仁人がぽつりと呟く。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
その声は、迷っているように聞こえた。
“いなくならないで”なんて素直には言えないけど、それでも主人公なりにちゃんと気持ちを伝えようとした回でした!
少しずつ変わっていく2人を見守ってもらえたら嬉しいです!
♡と☆とコメント待ってます!












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。