第16話

消えないもの
802
2026/05/30 05:00 更新



コンコン。

窓を叩く音。


あなた
……はいはい



シャーペンを机に置いて立ち上がる。

もう驚かない。

この時間に窓を叩く人なんて、一人しかいないから。

カーテンを開けると、案の定そこには仁人がいた。

夜風で黒髪が揺れている。

暗い外なのに、不思議と目を引く。


あなた
その登場の仕方ほんとやめなよ


仁人
今日開けるの早かったな


あなた
最近学習したの。どうせ仁人だろうなって


仁人
正解



仁人は当たり前みたいな顔で部屋へ入ってくる。

靴を脱ぐ動作まで自然すぎる。


あなた
……人んち慣れすぎでは?


仁人
落ち着くんだよ



さらっと言う。

心臓に悪い。

最近ほんと無理。

好きって自覚してから、仁人の一言一言に振り回される。

前まで普通だった距離も近く感じるし、目が合うだけで変に意識するし。

なのに仁人は何も分かってなさそうな顔してるから余計腹立つ。


仁人
何してんの?


あなた
課題


仁人


あなた
……子供扱いですか???


仁人
してねぇよ



そう言いながら仁人が机を覗き込む。

近い。


あなた
……近いッス


仁人
見えない


あなた
もっと目鍛えて!


仁人
理不尽だな 笑



少しだけ笑う。

その笑い方が柔らかくて、また困る。


あなた
てか今日の朝どこいたの?


仁人
屋上


あなた
また!?


仁人
あそこ静かだから落ち着くんだよ


あなた
先生に見つかったらどうなるか……


仁人
見つからないって



自信満々に言う。

ほんと不思議。

普通に学校来て、普通に隣で話してるのに。

でも時々、“人間じゃない”って嫌でも思い出す瞬間がある。

私は出会った時から知っている。

仁人が天使だってこと。

不幸な人間を助けるためにここへ来ていること。

普通の人間とは違うこと。

全部。

なのに。

こうして話してると、普通の男子高校生みたいで。

だから余計に、分からなくなる。


あなた
ご飯は?


仁人


仁人
忘れてた


あなた
また!?



机の横に置いてあったコンビニ袋を投げる。

仁人がそれを受け取る。


仁人
なんだこれ


あなた
食べ物


仁人
優し〜


あなた
お母さんが買ってきたパン。余ってたやつ


仁人
くれるんだな



そう言いながら袋を開ける。

その姿が妙に生活感なくて、少し笑ってしまう。


あなた
ちゃんと食べないと倒れるよ〜


仁人
母親みたいだな


あなた
あなたの親とか嫌だ〜



クッションを投げる。

でも今度は避けられた。


仁人
学習済み 笑


あなた
腹立つな〜



仁人はパンを一口食べる。

そのあと窓の外を見た。


仁人
……今日、月が綺麗だな


あなた
急にエモぶらないで


仁人
え、も?


あなた
知らないのか……


仁人
柔らかそうな発音だね



仁人は少し笑った。

その時。

ふと、仁人の視線が棚の方で止まった。

私もつられて見る。

そこにあるのは、一つのフォトフレーム。

角が少し欠けている。

綺麗に直したつもりだけど、傷跡は残ったままだ。


仁人
……あれ


あなた
あー、あれ?



仁人は静かに立ち上がり、フォトフレームを手に取った。

その瞬間、昔の記憶が蘇る。

突然現れた仁人。

意味分かんないことばっか言って。

そのくせ、勝手にフォトフレーム壊して。

ほんと最悪だった。


あなた
最初、めちゃくちゃ嫌いだったなぁ


仁人
……誰のこと?



お前だよ


あなた
……急に現れるし


あなた
意味わかんないし


あなた
人の大切なもの壊すし



そこで仁人が少し黙った。

いつもみたいな軽い空気じゃなくて、本当に申し訳なさそうな顔。


仁人
……ごめん



少し目を丸くする。

今さらなのに。

でも今の“ごめん”は、なんかちゃんと届いた。


あなた
遅いよ!


仁人
今更だもんな


あなた
開き直んな!?



思わず笑ってしまう。

フォトフレームを受け取った。

写真の中には、小さい頃の私と、もう一人の女の子。

二人ともぐちゃぐちゃの笑顔で写っている。


仁人
その子


あなた
幼なじみ



ベッドに座り直しながら答える。


あなた
昔、ずっと一緒だったんだよね



仁人は静かに聞いていた。

こういう時、変に話を遮らない。

だから話しやすい。


あなた
学校終わったら毎日遊んでたし、休みの日もずっと一緒だった


あなた
家族ぐるみで仲良くてさ


あなた
……お泊まりとか、夏祭りとか、全部一緒だった


仁人
仲良かったんだ


あなた
うん。親友だった



“だった”。

口にした瞬間、少し胸が痛む。


あなた
でも、中学入ってから変わっちゃった



フォトフレームの欠けた角を指でなぞる。


あなた
クラス変わって、友達増えて。気づいたら前みたいに話さなくなってて



ふと昔の記憶が蘇る。





───中学一年の春。

新しいクラス。

新しい教室。

最初は不安だったはずなのに、私は割とすぐ輪の中に入れた。

話しかけられて。

笑って。

気づけば、教室の中心で騒いでるようなグループにいた。

うるさくて明るいタイプともすぐ仲良くなって。

毎日が楽しかった。

でも。

その分、少しずつ距離ができていった。

放課後。


あなた
一緒に帰ろ〜!



昔みたいに声をかける。

でも。


𓏸𓏸
あ……ごめん、今日用事ある


あなた
そっか!!



最初は、本当に用事だと思ってた。

でも、それが何回も続いた。

休み時間も。

私が話しかけに行くと、相手のグループが少し静かになる。

悪口を言われた訳じゃない。

無視された訳でもない。

でも。

“あっち側”に行ってしまったんだって空気だけは、痛いほど分かった。


あなた
ねぇ、今度さ───


𓏸𓏸
……あなたって友達多いよね


あなた
え?そうかな……


𓏸𓏸
私なんかと話してたら変なこと言われるよ


あなた
……え?



一瞬、意味が分からなくて声が止まる。

𓏸𓏸は続ける。
淡々としているのに、どこか自分を守るみたいな声で。


𓏸𓏸
クラスの人気者が、陰キャと話してるなんて



胸の奥が、きゅっと嫌な音を立てた。

そんなの、誰が決めたの。


あなた
そんな……っ!



気づいたら声が大きくなっていた。
自分でも驚くくらい、真っ直ぐに。


あなた
……クラスの立場とか関係ないよ!



二人しかいない静かな教室の空気が少し揺れる。

止まらなかった。


あなた
私は!𓏸𓏸だから話したいし!遊びたい!



慌てて言った。

本気だった。

でも。

𓏸𓏸は、困ったように眉を寄せて、それから小さく笑っただけだった。

それは嬉しい笑いじゃなかった。




𓏸𓏸
ほんと、そういう所……


𓏸𓏸
嫌いになりたいのにっ……


𓏸𓏸
なんで……!



そこで言葉が途切れる。

私は息を呑んだ。

𓏸𓏸は顔を上げないまま、握った手に力を入れている。





あなた
……私、普通に仲良くしたかったんだけどな



小さく呟く。

仁人は何も言わない。

ただ静かに聞いている。


あなた
嫌われた訳じゃないのが、きつかったな


仁人
……うん


あなた
だって嫌われてるなら諦めつくのに


あなた
でも違ったから


あなた
戻れる気がして、戻れなくて……



その言葉に、自分で少しだけ苦しくなる。

だから今でも、このフォトフレームを捨てられない。


仁人
お前は、優しいからな


あなた
それ、遠回しに重い女って言ってる!?


仁人
言ってねぇよ



少しだけ笑う。

その空気に救われる。

重くなりすぎないようにしてくれてるのが分かるから。


あなた
でもさ、


仁人
うん


あなた
仁人が来てから、ほんとに色々変わった



仁人の視線が少しだけこっちを向く。


仁人
僕のお陰だな



そう言って、仁人はそのままベッドへ倒れ込んだ。

静かな部屋。

夜風で揺れるカーテン。

隣にいる仁人。

最初は敵みたいだったのに。

今はこうして隣にいるのが、当たり前みたいになってる。

ぼんやり仁人の横顔を見る。

綺麗だなと思う。

でも同時に、不思議だとも思う。

天使なのに。

普通に笑って、くだらない話して、ご飯食べ忘れて。

まるで、人間みたいだから。


あなた
……ねぇ


仁人


あなた
天使ってさ



仁人がゆっくり目を向ける。

私はフォトフレームを見つめたまま続けた。


あなた
人間には、なれないの



部屋が静かになる。


仁人
なんで


あなた
なんでって……



上手く言葉がまとまらない。

ただ


あなた
仁人、普通に学校通ってるし


あなた
いろとくだらないことで騒いで


あなた
咲希に呆れられて


あなた
勇斗と意味わかんない言い合いして……






あなた
私は……



言葉が詰まる。

これ以上言ってはいけない。


あなた
……ご飯食べ忘れるし


仁人
最後いる?


あなた
いる!



少しだけ笑う。

でもその笑顔はすぐに消えた。


あなた
……ちゃんと、人間みたいだよ



仁人は何も言わない。

ただ静かにこっちを見ている。

私は視線を逸らした。

その目で見られると、全部見透かされそうだった。


あなた
だったらさ



フォトフレームの欠けた角を指でなぞる。

壊れたのに、まだここにある。

なくならなかった。


あなた
このまま、ここにいればいいのにって思った



言った瞬間、心臓が跳ねる。

重い。

今のかなり重い。

でも止まれなかった。


あなた
だって仁人、もう普通にここにいるじゃん……


あなた
学校来て


あなた
友達いて


あなた
笑って


あなた
……私の部屋来て



最後だけ少し小さくなる。

仁人は静かに聞いていた。

否定もしない。

だから余計に苦しい。


あなた
天使だから、とか


あなた
助けるために来た、とか


あなた
そういうの分かってるけど


あなた
でも……



喉が詰まる。

なんでこんな必死なんだろ。

こんなの、ほとんど願いみたいじゃん。


あなた
仁人、ちゃんとここにいるじゃん…



少しだけ声が震えた。

仁人の目が、わずかに揺れる。

私は慌てて笑おうとした。


あなた
いや!!


あなた
別に変な意味じゃなくて!!!


仁人
ほんとに?


あなた
……うるさい



誤魔化すみたいにクッションを押し付ける。

でも仁人は避けなかった。

クッション越しに、小さく笑う気配がする。

そのあと。

仁人がゆっくり身体を起こした。

距離が近くなる。

思わず息が止まった。


仁人
あなた


あなた
……なに?


仁人
僕に''人間''になって欲しいの?



仁人は静かに私を見る。

その目は優しいのに、どこか残酷だった。

全部分かってるみたいな顔をするから。


あなた
……うん


あなた
仁人、普通に人間みたいなんだもん


あなた
だったら、人間になればいいって思うじゃん.......



仁人は少し黙った。

その沈黙が怖い。

否定される気がして。

でも。


仁人
分かんないな……



静かな声だった。

ゆっくり顔を上げる。

仁人は少し困ったみたいに笑った。


仁人
でも


あなた
……?


仁人
あなたが言うとなんか……


仁人
モヤモヤする



その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。

夜風でカーテンが揺れる。

静かな部屋。

壊れたままのフォトフレーム。

その隣で。

仁人がぽつりと呟く。


仁人
……もしなれたら


あなた


仁人
人間



ほんの少しだけ。

本当に少しだけ。

その声は、迷っているように聞こえた。





“いなくならないで”なんて素直には言えないけど、それでも主人公なりにちゃんと気持ちを伝えようとした回でした!

少しずつ変わっていく2人を見守ってもらえたら嬉しいです!

♡と☆とコメント待ってます!


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