そんなほのぼのした、ある日の事。
「げほっ…げほげほ…」
ひどい咳…誰だろう。
「げほ…っく、」
刀を立ててしゃがみこんでいるのは。
(沖田様…?)
他の人といる時は何ともないのに…我慢してらっしゃる?それともただむせただけ?風邪かしら。…労咳?
労咳。
その文字が頭をよぎった瞬間、頭が真っ白になった。
労咳。今の時代では不治の病。治らない病気。
沖田様が、死んでしまう…?
でも、ただむせただけかもしれない。軽い風邪が、ずっとぬけていないだけかも。
そう思って、この日は気にしないように努めた。
今思えば、逃げていたのかもしれない。
沖田様の、『死』というものから。
そんなある日のこと。
(なんだか騒がしいな)
新撰組の屯所内がいつもより少し騒がしいように感じて、ある隊士さんに聞いてみると。
松本良順先生という︎︎︎︎お医者さん?かな。先生が来ているらしい。
でも、私にはあまり関係ないよね。私の体を調べるわけでもないだろうし。
そう思って夕餉用のお野菜を洗っていた。
すると。
「沖田くん」
「…松本先生」
声のした方を ちら、と覗いてみると。
松本先生らしき人と沖田様がいらっしゃっていた。沖田様が松本先生と言っていたから、きっと松本先生だろう。
「沖田くん、率直に言うが…君の病気は、労咳だ」
(労咳…!?)
思わず叫びそうになり、私は慌てて口をおさえる。
労咳は絶対に治る、という治療法もなく、さっきもいった通り、治らない、死に至る病気として恐れられている。(今でいう結核)
沖田様は死病であると告げられているのにも関わらず、微笑みを浮かべていた。
「やっぱり、労咳でしたか…」
「…知っていたのか?」
松本先生は驚いたように沖田様にといかけた。
「いえ、そういう訳では。でも、自分の体調で、なんとなく」
沖田様…気づいていらっしゃったの…?
自分が労咳だと。
「沖田くん、新撰組を離れて療養しよう」
「いえ、それはできません」
きっぱりと答える沖田様。
「何故だ?」
「僕は…近藤さんと、新撰組のために戦うんです。どっちにしろ、命は長く持ちません。斬り合いがありますからね。だから、畳の上じゃなくて、戦いの中で死にたいんです」
ふふ、と笑う沖田様。
その笑みの中には、沖田様の決意が見えた。
「…そうか。分かった。しかし、私のいいつけは守ってもらうよ」
「はい」
笑みを残したままの沖田様は、思い出したように付け加えた。
「ほかの人に言わないでくださいね、松本先生。近藤さんたちにも…勿論、関係の無い女中にももらさないでくださいね」
松本先生はそれに答えず、沖田様の方をちら、と一瞥すると去っていった。
私はといえば。
沖田様が労咳だという事実と、さっにおっしゃっていた言葉が重く心にのしかかっていた。
関係の無い女中。
それは私のことだろう。
関係の無い、というところに落ち込んでいた訳では無い。
私に迷惑をかけないように、冷たい言葉を使って隠しきろうとした沖田様に悲しくなってしまった。
(…沖田様…)
沖田様が労咳、という事実に、しばらく震えが止まらなかった膝だが、落ち着こうと深呼吸しているうちに震えは止まり始め、私は元のところに戻ろうと足を動かした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!