椅子がぎし、と鳴った。
古そうで大きな本棚に囲まれてテーブルが1つと椅子が2つある。
テーブルには図鑑のような大きな本が並べられており、そこに小さな草花が並べられていた。
椅子のひとつに座った男がクローバーの押し花を手に取って呟いた。
少しその押し花たちを見つめた後、男は椅子から立ち上がり、廊下に出てその部屋から2つ隣の古びたキッチンに立った。
お湯を沸かす。
棚から茶葉と2つティーカップを取り出し、お湯が沸くまでティーカップを磨く。
沸かしたお湯をティーカップに入れ、茶葉を入れたティーポットにも注ぐ。
その後ティーポットとお湯を捨てたティーカップをトレーに乗せ、
男は帽子を手に取り穴の空いた部分に角を上手く通し深く被った。
男はひび割れた鏡に写った自分を見た。
1度さっきまでいた部屋に戻り、本棚から迷いなく1冊の本を出した。
最初から読む本は決めていた。
本を小脇に抱え、【あの場所】に向かった。
窓から少し光が見えているので今日は晴れらしい。
鬱蒼とした森の中であそこは唯一の光である。この世界の中ではあれは太陽のようなものだった。
今日は本当に心地いい日らしい。いつもよりあの光がやわらかく見える。
しかし、少し歩いていると、何か違うことに気が付いた。
切株の上に……あれは人間だろうか。後ろ姿でよく見えない。
横になって動く気配はなさそうだが一体誰が……
近づいてみる。
銀髪のツインテールをしたまだ幼い少女がいた。
まだ4~5歳ぐらいだろう。切株の上にしっかり収まっている。
ここに来る道中に木で切ってしまったのか、所々傷になっており、服も血や泥でよごれてしまっていた。
そう呟いた男はティーカップ1杯分の紅茶を注ぎ、墓石の前に置いてこう言った。
男は一旦立ち去り、家に戻った。
男は再び戻ってくると包帯や水を汲んだバケツなどを持って戻ってきた。
もうひとつあった切株に男は腰掛け、もう1つのティーカップに紅茶を注いで1口飲んだ。
そう言ったあと、少女を見た。
________この森は、瘴気に溢れている。
魔法が文明の先を越され、魔法使いという職業を成立出来なくなってきた頃。
魔法はありえない光景を見せるものとして縁起の悪いものとされる様になっていた。
代々魔法使いの一家は村を追放されたり、殺されたり、所謂【魔法使い狩り】が最も盛んだった。
人々が少なからず持っていた【魔力】が文明が発達したことにより使われなくなって行き、簡単に言うと魔力が腐っていってしまった。
魔力は生き物とされ、自分で上手く育てられれば多く持てるし、逆も然り。また感情に左右されやすい。
そのため魔法を主軸として扱える魔法使いは冷徹な者が比較的多く、魔法は戦闘手段として使われてきた。
国が安定してきて、戦闘をすることも減ったというのも魔法使い狩りが始まる要因だった。
そうして魔法が廃れ、魔力が廃れ、負の感情に取り込まれてしまった魔力は、
人間を人間でなくする力に変わってしまった。
それが異形の始まりである。
異形は人間に触れると異形にさせる力を持つ。
人間は異形にされることを恐れ、異形になった魔法使い達を森に閉じ込めた。
それがこの森であり、後に【異形の森】といつからか呼ばれるようになった。
異形しかいない森で閉じ込められていると、その森の空気も瘴気に溢れてしまう。
人間が長い間瘴気に触れているのはあまり好ましくない。体調不良の原因になったり、病にかかりやすくなってしまうからだ。
男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
すると、
少女が目を覚ました。
その少女は男を見て驚き、目を見開いた。
その男も少なからず驚いた。
その瞳は、
とても綺麗で鮮やかな黄色だったから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!