目が覚めて目の前に異形がいて驚かないはずがなかった。
切株に座った男は少女からすると壁も同然だった。
手を伸ばせば捕まるんじゃないかと思う程。
________捕まれば、異形化される。
私の村では小さな時から言われる事がある。
【異形様には触れてはいけない】
異形に触れると異形化といって、徐々に人間ではなくなってしまうという言い伝えだ。
昔、魔法が使えなくなって来た頃からこの村には3年に1度村から1人生贄として人間を捧げるというしきたりがある。
何故生贄が必要になったのかが不明であるが、1度この異形の森に入って帰って来た者が1人もいたことがないという。
その異形は森に住んでおり、生贄の人間の喰らっているという。
逃げなきゃ
そう思ったが、力が上手く入らず起き上がることが出来なかった。
男はアウラには決して近づこうとせずに墓石を見つめながら、ぬるくなった紅茶を口にして彼女に言った。
少女は異形が目の前にいることの絶望や心身の疲労で身を動かすことが出来ず、話を聞くことしか出来なかった。
アウラは覚悟し、黙って話を聞いた。
ふいに座る向きを変えてアウラの方を向いた。
帽子や前髪で目が見えないとはいえ、真っ直ぐアウラを見ているのがわかった。
突然の自己紹介と質問でびっくりしたが、
聞き捨てならないことがあった。
アウラは目に涙を溜めながら言った。
一瞬止まり、ティーカップを置いて俯いた。
少し考え事をした後、重々しく口を開いた。
名前を言うと、ノックスと名乗った異形ははっとして顔を上げ、また私をじっと見つめた。
唇を震わせて、
そう私に告げた。
私は声が出なかった。何故なら、
その声は3回目の絶望を感じた私よりも、酷く悲痛な声をしていたから。
人ならざる者と呼ばれた異形が、異形様が
どうして村の人より人らしい感情をこんなにも出しているんだろう。
その疑問が悲しみを追い越していた。
ノックスが立ち上がり、アウラの傍に水の入ったバケツとタオル、ガーゼと包帯を置いた。
あまり触れてはいけない話題に触れてしまったと感じたアウラは掘り下げなかった。
今までだったら悪くなった空気をどうにかしようとして自ら明るく振舞っていたが、今回はそうしなかった。
悪い人じゃない。そう確信した。
今まで私を騙していた村の人たちよりよっぽどだ。彼は本心で悲しんでくれている。
彼のそんな声はもう聞きたくなかった。
アウラはゆっくりと起き上がり、濡らしたタオルで傷口を優しく拭き、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
アウラは上を見上げた。
森にぽっかりと空いた穴。空が近いようで遠い。
元々友達が少なかったアウラは村にあった小さな図書館で本を読んでいることがほとんどだった。
意味がわからないものもたくさんだったが、読めて意味がわかったときの喜びが楽しくて、本が大好きだった。
思わず村の時のことを思い出して話してしまった。
彼はゆっくりと口を開いた。
私は足をぷらぷらとさせたりしていた。
お伽噺の様で少し楽しくなっていた私が馬鹿だった。
これはお伽噺なんかじゃない。現実だ。
私は淡々と話す彼の話を一言一句聞き漏らしのないように、耳をすませて聴いていた。
その閉じ込めた場所って________
…こんな薄暗い、何もいない、何も無い所になんか誰も来たいはずがないのに。
どうして分かり合えなかったんだろう。
ノックスもアウラがやったように、黙ったまま天を仰ぎ、そして手をかざした。
____この瘴気は魔法使い達や今までの異形の【さいごの意思】だと俺は思ってる。
ノックスがそう言ったのを、私は忘れない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!