前の話
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俺は、今年東寺高校に入学した、
3組の笠谷 工だ。
クラスにも馴染めてきて、新しい友だちもできて、軽音部にも入って。
充実した高校生活を送っていた。
いや...送っていたはずだった。
最近、おもしろくないことが起きている。
あぁ、最近、というのは、まさしく
今だ。
俺には長年、恋い焦がれている相手がいる。
恋の「こ」の字も知らなかった小学生の俺の初恋を、
あいつはまんまと奪っていったのだ。
そいつは絶世の美少女でも、
ツンデレお嬢様でも、
ゆるふわ癒し系ガールでも、
マリリンモンローでもないが、
少なくとも俺には、彼女らと同等に、
いやそれ以上に、
愛しく見えたのだ。
そう見えているのは俺以外にもいるらしく、
如何せんそいつはモテた。
下駄箱に詰められた恋文を、
破っては捨てる、最上川...。
毎日バレないようにあいつの下駄箱やら
なんやらチェックしてた俺の身になってくれよ誰か。頼むから...。
まあ...そうだな、もうひとつ
特記することといえば...
そいつ、だとか、あいつ、だとかは、
(つまるところ、俺の好きな人、ということだが)
男だ。まぎれもなく、な。
嗚呼、愛しき、美しき、憎き、尊き君よ、
君は何故、
“そこ”にいる?
軽音の方が早めに終わったから、
愛しの彼を迎えに来たというのに...
こんな不純学園内恋愛みたいなもの見せられたら...
ああもう...これだから美術部はやめとけと
あれほどっ...!!!
愛しの彼、9組の犬塚 真琴は、
絵の才能に長けていて、小学・中学の頃も何回か
賞をとっていたような気がする。
そして今!その真琴と!体を密着させ!
“絵筆のご指導”という名のセクハラをしている
3年8組の八柳 圭先輩は!
女癖の悪さがひどいと評判の!
薄汚い野郎だぞおい!真琴!わかってんのか?!
先輩の眼を見りゃわかる。
あれは確実に好意の眼。
そして獣の眼。
また敵が増えるのかあ...
やだなあ...特に先輩となると厄介ったらありゃしない。
どうやら此方から話しかける前に
真琴が自分に気づいてくれたらしい。
利喜と界人、というのは、
俺の友だちだ。
真琴、おまえなかなか折れないが
これ、あれだぞ?
おまえのためを思って
言ってるんだからな?
このあとおいしく先輩にいただかれたら
一番困るのはおまえだぞ?!
おや、意外とあちらから折れてくれたようだ。
してねえよ!!!断じて!!!
そしてさらっと明日の予定を入れてったぞこの人...。
まあ明日は俺も活動日だから別にいいけどさあ。
頬を膨らませて真琴は鞄を肩に掛け直す。
少し長めの黒い前髪が、僅かに揺れた。
真琴は手を揃えて、八柳先輩に丁寧にお辞儀をした。
そう言って俺は真琴と
下駄箱に続く階段を目指して歩き出した。
ふと、声がかかる。
少し失礼だが、首だけそちらを向けた。
あー、なるほど。
宣戦布告ってわけか。
やってやろうじゃねえか、この恋慕。
ああ、でも、あれは知らないのかな。
敵は俺だけじゃないってこと。
下駄箱を抜けた先には、腰に手を当てて
いかにも「ぷんぷん」と擬音が付きそうな
ポーズの幼なじみがいた。
彼は真琴と同じクラスの
久田 利喜だ。
七三分けに眼鏡というthe 真面目!
的風体をしているが、
彼が真面目なところなど見たこともないし
想像もつかない。
しかし頭が良いのは事実であり、
成績は学年トップである。なぜだ。
真琴とは3歳の頃から知り合いらしい。
ちょっと羨ましいと思ってしまうのも無理はないよな...。
隣の鼻筋の通ったイケメンは、
俺と同じクラスの
戸川 界人だ。
えっと...そうだな...
とりあえずイケメンだ。
界人とは高校で知り合ったばかりで、
お友だちになりたてホヤホヤというわけだ。
そしてすごくイケメンだ。
それから、彼は演劇部だ。
イケメンだもんな。妥当だよな。
イケメンは得だなほんとに。
彼ら2人もまた、
真琴に恋心を抱いている人間だ。
だが、彼らは距離感をよく心得ている。
真琴が傷つかない距離感。
誰も得しない距離感。
真琴はきっと、俺らの誰のことも
好きではないだろう。
そのうち君が、誰かに恋をしたら、
俺たちは、君の背中を、
押して、
笑って諦めてやれるんだろうか。
でも、今はまだ、
このむず痒い関係のままでいよう。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。