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誰もいないオフィス
時計は13:18を過ぎたところだ
ぐーっと伸びをしてパソコンの電源を落とす
ふとデスク上の鏡に移る自分と目が合う
無造作に結ばれた髪に大きめの眼鏡
化粧気の無い幼い顔
尚且つ徹夜続きで目元のくまが目立つ
さすがにこれじゃ彼氏なんてできっこないな、
なんて溜息をつきながら書類を戻していく
芸能事務所に就職して二年
毎日慌ただしくしているうちに自分にかける時間は少なくなっていた
だが頑張っているアイドルたちの姿を見ているとそんなことも頭から消えてしまう
ただただ働くことが楽しかった
自嘲気味に笑いつつフロアを出た
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エレベーターのボタンを押して、ふぅと一息ついた時
後ろから見知った声が私を呼んだ
珈琲を片手にキラキラ眩しい笑顔を見せる我が事務所が誇るアイドルの彼
直接の担当ではないが、なにかと機会があって話すことが多い
それにしても、
いつ見ても歳下には思えない…
へへ と頬を緩ませるとこちらを見るスングァンくんも屈託のない笑顔を見せる
わ、眩しい…
思わず口からこぼれそうになる
さすがは現役アイドル
なにやら うーんと考える仕草のスングァンくん
どうしたのかな、と思いつつ彼の言葉を待つ
1度言いかけた言葉を飲み込み自分の身なりを考える
徹夜明けのボロボロの姿でスングァンさんの隣を歩くだなんて烏滸がましい…
とっさに首を横に振った
そう言って私の手を取り、やってきたエレベーターに乗り込んで最上階のボタンを押す
そういえば行ったこと無かったかもな
なんてぼんやり考えてるうちに、到着を告げる機械音が鳴った
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最上階
そのまた隅の小さな休憩室
事務所こんな部屋があったなんて
背中を押され促されるままにふかふかのソファに腰を下ろせば、コーヒーのいい香りが部屋を包み込む
さっきまでアドレナリンばんばんで眠気なんて全然無かったのに、
この部屋の穏やかな空気と良い香りに、どっと睡魔が襲ってくる
家にいるよりも心地いいかも
こんな心地いい場所でスングァンさんのいれたコーヒーが飲めるなんて
ゆっくりと一口
さっきまでの疲労が嘘のように飛んでいった
美味しいコーヒーに自然に頬が緩む
じんわりと彼の優しさが広がっていくみたい
優しい声色、表情のまま
ふわりと私の頭に置かれた彼の綺麗な手
よしよし、と子供をあやすように撫でる
一定のリズムで撫でられるのが気持ちよくて
どんどん瞼が下がってくる
だめだ
こんな距離感でいたら彼に悪影響だ
早く離れないと
そう思って上げた右手は容易く彼にぎゅっと握られる
意識が落ちる間際
彼の唇が微かに動いた気がした
( 僕のものになればいいのに )
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。