第28話

後悔
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2022/06/18 15:53
「え、えっと…私?なんで…」
戸惑いを隠せない水瀬の手を引っ張り、湯崎から離れたところで背を向けた。
言いにくそうに鶴谷は耳元で囁いた。
「み、水瀬さん…いきなりでごめんなんだけどさ…誠好きでしょ」
「へ、私は…」
鶴谷は笑った。
「いいよ、恥ずかしがらなくて…水瀬さん分かりやすいよ…?」
水瀬はポカーンとした顔で気まずそうに言う。
「ち、違うの…!私、誠とはそんなのじゃなくて…ただ…これまでの感謝を伝えたかったの」
水瀬は赤面しながら小声で言った。
「私のせいで…再試になっちゃったし…それなのにすごく優しくて。」
鶴谷は黙って聞いていた。
「私さ…みんなに優しいって言われてる人は女子だけに優しくて女子が好きな人しかいないのかと思ってたの。でも誠は違うから…」
「多分今日が終わったら…話せるきっかけがなくなっちゃうから。だから…」
鶴谷と目を合わせてはっきりと言った。
「思いっきり気持ちをぶつけたい。」
その水瀬に鶴谷はバツが悪そうな顔をして
「ははっ…いいと思う。水瀬さんは優しいね。邪魔してごめん。」
水瀬の返事を聞かずに鶴谷はそのまま歩いて行ってしまった。
何も出来ずに立ち尽くしていると湯崎が寄ってきた。
「あれ…優斗どうしたのかな。何話してたの?」
水瀬は両手を振りながら言う。
「別に大したことじゃないよ。さっきの話の続きなんだけど…」

湯崎は微笑みながら水瀬の話を聞く体制になる。
「私…誠と実技試験のペアになれて良かった。迷惑ばっかりかけちゃって本当にごめんね…今日までありがとう。」
「こちらこそ。僕も色々助けてもらったし…あっという間だったね。」
「もう少し長くこうしていたかったけど…それはちょっとわがままだよね。でも…最後にひとつ…わがまま言わせてほしいな…」
湯崎は少し驚いた顔をした後、優しい表情で尋ねた。
「なに?」
水瀬は赤面しながら言った。
「キス…したい」
手をぎゅっと握りながら下を向く。
「いいよ」
水瀬の身体をそっと引き寄せ、頬にキスをした。そして口を外すと、
「本当のキスは好きな人とする方がいいと思うな」
そう言った湯崎の表情から切なさが溢れていた。
「そ、そうだよね…ごめん」
さっき湯崎にキスされたところが熱い。
「今日はありがとう。じゃあね」
そう言って湯崎に背を向けようとしたとき
「ねえ、水瀬さん…僕も、今日まで本当にありがとう。またね」
湯崎に手を振りながら水瀬は背を向ける。
我慢していた涙が止まらない。
(水瀬さん…に戻っちゃったなぁ…)
仲良くなれたと思ってたのに。なんで引き止めてくれたの…期待しちゃった自分が馬鹿みたい。
「はは…」
早く家に帰って思いっきり泣きたい。嗚咽が込み上げるのを抑えるので必死だった。
気が付いたらに家に着いてしまった。誰も慰めてはくれない。
何一つ音のしない部屋の中を見回しながら呟く。
「好き…だったのかなぁ」
でもそれはもう遅いのかもしれない。さっき言っておけば…そんな風に考えても何も変わらないのに。
寂しさと後悔に押しつぶされそうになっていたそのとき、家のチャイムが鳴る。
湯崎…な訳がないのに、淡い期待を持ちながら、そっと扉を開ける。
そこにはポニーテールの女の子が立っていた。
「あ、あの…水瀬先輩ですか?」


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