第6話

新たな戦いの始まり
18
2022/12/07 12:02
どこまでも広がる雲海の中、浮島がいくつも存在する空の世界「クラウディア」。
人々は浮島に家を作り、街を作り、それが国となり──、いくつもの国家が空に漂う世界。

一見平和そうに見えるが、限られた領土を国同士が奪い合ったり、空に蔓延る魔獣の襲撃にあうこともあり危険も多いところだ。

それでもここが自分たちの生きる場所。

空の民は今日も生きていく。

これから空と大地を巻き込んでいく運命。
今はまだ、誰もその存在を知らない──。




「陛下、お呼びですか」

セントミラ大戦から二年。
あれから大きな戦も起きず、セントミラは少しずつ復興し──今では大戦時の爪痕もあまり見られなくなってきている。

ヴァイス先輩に続いて宮廷魔術師となって一年と少し経ったある日。いつも通り仕事をしていると、突然国王からお呼びがかかった。

「おお、ルティア。来てくれたか」

玉座に腰かけたままこちらへ声をかけてくるセントミラ国王。その前に立つのは見慣れた透き通る銀髪と──初めて目にする金の髪。

「…そちらの方は?」
「ニアさんと言うそうですよ。先程セントミラに入港したエアシップに乗っていたんです」

そう紹介してくれるヴァイス先輩。…目が合った女性…ニアさんがこちらに会釈をしてくれる。反射的に私もお辞儀をした。
恋人同士となった私たちだが、宮廷魔術師という仕事柄プライベートで会うよりもはるかに仕事で関わる時間の方が多い。仕事用の笑顔を浮かべるヴァイス先輩を見て、ついそんなことを考えてしまう。

「さっき大騒ぎしてたやつですか。カイゼルシュルトの軍人が乗ってたんでしたっけ?」

カイゼルシュルトは、クラウディアで最も大きな軍事国家だ。セントミラが魔法で栄えた国であるなら、かの国はその剣技と強力な戦艦──「ヴァルハイト」の力によって栄えた国。
魔法の撃ち合いなら負ける気はしないけれど、戦争をするとなるとこのセントミラも無事では済まない。
…さらに言うと、私の憧れの軍属魔術師がいる国でもあるが──。

「ええ、今から事情を聞くところです。あなたにも聞いてもらわないとと思いましてね」

少し気が逸れてしまったのをヴァイス先輩の言葉で引き戻される。いけないいけない。
ニアさんを挟んでヴァイス先輩の反対側に並ぶように手で指示する国王。私はそれに従って赤い絨毯の上を進んだ。

…そして、ニアという女性が話し始めたのは信じられない内容だった。

「バーデルゼンが全滅とは…」
「あの王が乱心するとも思えないですし…」

聞かされたのは、セントミラとカイゼルシュルトのちょうど中間に位置する「バーデルゼン」という国がカイゼルシュルトによって滅ぼされたという話だった。しかもただ侵略するだけではなく、国民を一人残らず全員殺せという残酷な命令を下した上で。
ニアさんと同じ船に乗っていたカイゼルシュルトの軍人は、その命令に耐えられず軍に反逆して逃げ出したところを船に拾われたのだそうだ。

なるほど、だから軍服のままだったのか。

「そなた、本当に理由を知らないのか?」
「はい…」

にわかには信じられない話だ。
国王もヴァイス先輩も同様だったようで、眉間に皺を寄せ考え込んでいる。…カイゼルシュルトは何を考えているのだろうか?

「ふむ…、何かあるはずです」
「ですよねぇ。わざわざ国民を皆殺しにしろだなんて意味の無い命令まで下して…とても正気の沙汰とは思えませんから」

私とヴァイス先輩がそう話していると、ニアさんが控えめに声を上げた。

「あの…、レイナスと船長は…」
「…レイナス?」
「例のカイゼルシュルトの軍人ですよ。…ニアさん、大丈夫です。彼はカイゼルシュルトの兵士ですので、少し情報を聞くだけです」
「…よかった」

ヴァイス先輩から話を聞いて胸をなでおろすニアさん。なるほど、ニアさん以外の仲間は今どこかで尋問を受けているらしい。

「…しかしこの騒動、もしかしたらエアゲートと関係があるかもしれません。調査を急がせてはいただけないでしょうか」
「うむ、そうしよう」

エアゲート。
カイゼルシュルト上空に突如現れた謎の巨大な穴のことだ。二年前のセントミラ大戦の時の建造物とは似て非なるもののようだが──、中から魔獣が出てくるというところは同じ。ただ、出てくるのは元々空にいた魔獣に似通っていて、あの時の化け物とは違っていた。

どちらにせよ空を脅かす異常事態なのは確かで、セントミラでも何かしらの対応をとらなければならないと調査を進めようとしているところだった。

──その時。

「へ、陛下!曲者です!」

突然謁見の間の扉がけたたましい音を立てて開き、三人の兵士が中へ飛び込んで来た。

「なんじゃ、騒々しい!」

国王がピシャリと叱りつけるが、兵士たちはそのまま私たちに体当たりしそうな勢いで突っ込んで来た。

「わわっ」
「ちょっと!危ないんですけど!」

突進して来る兵士を避けてよろけたニアさんを支える。その兵士を睨みつけると──兜の奥のブラウンの瞳と視線がかち合った。

…こんな人、セントミラにいたっけ?

一日のほとんどの時間を──と言うか、この一年自分の部屋に帰ったのは何回あっただろうかと思うくらい、もう王宮が家だと錯覚してしまうほどには仕事に明け暮れていた私だ。王宮の内勤になる兵士はある程度の信頼のある人物しか選ばれないし、その面子が変わることは滅多にない。どう考えても見覚えがなかった。

「陛下、お逃げ下さい!怪しい者が城内に!」
「なんじゃと!」
「牢より脱走した者どもがヴァイス様を探しております!」
「…私を?」
「ちょっと待って、あんた──」

私が兵士に手を伸ばそうとした瞬間、三人のうち一人がヴァイス先輩に手をかける。

「あんたがヴァイスか」
「陛下、申し訳ありませんが…」
「うわっ!?」

目の前にいた兵士が突然鎧を脱ぎ捨ててこちらへ投げつけてくる。

「──ヴァイス殿を、人質にさせていただきます」

次の瞬間目に飛び込んできたのは青いカイゼルシュルトの軍服。こいつは……!!

「あ!レイナス!」
「ニア!無事か!」
「裸にされてなかったか?」
「は…?」

一歩退いた隙にニアさんの手を取って私から距離をとる男──レイナス。そして残り二人の男が向こう側にいるヴァイス先輩を両側から抱えて拘束する。
…あれ、一人はうちで雇っている傭兵じゃなかったか?

「それでは、陛下…失礼いたします」
「ニア、行こう」
「え、でも…わわっ」

目の前で引きずられていくヴァイス先輩とニアさん。

「陛下、ルティア!私のことは構いません!」
「ヴァイス、無茶をしてはならんぞ!」
「え、えぇ〜…」

そのまま謁見の間を出て行く五人。

「陛下!」
「…よい。それにしてもヴァイスを人質にとるとは…気の毒な脱走者たちだ」
「無茶をしてはならん、ってそゆことですねぇ…」

その気になれば取り押さえられていようがなんだろうが雷撃で三人くらいどうとでも出来るのがヴァイス先輩だ。その彼が抵抗しなかったというのは、そういうことだろう。

側近の兵士と国王と私、三人で微妙な空気に包まれていると再び謁見の間の扉が勢いよく開け放たれた。

「へ、陛下!大変です!」
「今度はなんですかぁ!?」
「カイゼルシュルト軍が…大型のヴァルハイトを従えて国境を越えております!」
「なんじゃと!」
「うそぉ!?」

──前言撤回、カイゼルシュルト王、本気でご乱心かもしれない。






「全速前進ッ!無礼者のヴァルハイトを叩き落としてやりますよぉ!」

セントミラ軍のエアシップ──「魔戦艦」と共に、不法侵入者を撃滅せんと進軍する。
隊列を組みこちらへ向かってくる空の王者「ヴァルハイト」。…これが全面戦争だったら勝てるかどうか怪しいものだが…。

「短期決戦で行きましょう。こちらは魔力が切れたら不利になります。突然のことでちゃんとした戦闘配備も出来ていません」
「賛成ですねぇ。向こうの目的も分かりませんし…」

戦闘指揮官の言う通りだ。…それにしても攻めてくるのが早すぎる。バーデルゼンを落としたその足でこちらへ向かってきたのだろうか。もしそうだとしたら兵はかなり疲弊しているはず。

「何もかも分からなくて、正直不気味でしかないですけどぉ…。まあ、あそこに見える逃亡した商業船にヴァイスも乗っているはずですし、どうにかなりますよ」

遠目に雷の瞬きが映る。
彼も戦っているのなら問題はないだろう。それに例のカイゼルシュルトの軍人、そして傭兵だった男も乗っている。…たしか銃の名手だったはずだ。

「じゃあぶちかまして来ますっ!フォローと指示、よろしくお願いしますねぇ」
「任せてください。『紅炎のルティア』の力、頼りにしています」

ニッ、と笑って一人甲板に足を進める。

青空の下。
遠方に見える戦艦を睨みつけて両足の魔道具が熱を帯びるのを感じる。

「さあ…不届き者たちを焼き尽くしてやりますか!」




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