第5話

セントミラ大戦
18
2022/08/17 14:23
翌年。ヴァイス先輩は魔法大学を卒業した。
主席で卒業し、そのまま宮廷魔術師になった彼は仕事で各地を飛び回っていた。今はルセムルク──機械文明の発展した国だ──にいるらしい。

去年までは二人で時間を潰していた秘密の場所で、ヴァイス先輩からの手紙を読みながらため息をつく。…一人でいるとつまらないものだ。

先輩と一緒だったら色々お話したり、魔法の検証に協力して取り組んだり…飽きることはなかったのに。

(…いやいや!別に寂しいわけじゃないですから!)

なんだかすごく恥ずかしいことを考えてしまった気がしてぶんぶんと首を横に振る。ほっぺが熱い。…なんかこれじゃ、私…。

一人でそんなことを考えていた、その時だった。

「……?」

フッ、と突然視界に影が差す。
こんな、急に暗くなるなんて──。

先程まで聞こえていた鳥の鳴き声も、やわらかく肌をくすぐっていた風も、不気味なほどぱったりと止んでいた。

なんだろうと思って空を見上げる。

見上げた先は、深い闇。
死の中心がそこにはあった。

そして。
セントミラの地獄は唐突に始まったのだった。














──セントミラの上空に突如謎の建造物が現れ、そこから大量の未知の魔獣が溢れ出し街を地獄絵図に変えている。

その知らせを受けた私は、仕事を別の者に引き継いで急いでセントミラへ戻ろうとした。

それでも混乱した状況下でのエアシップの確保は上手くいかず、未知の魔獣の影響か元々空にいた魔獣までも凶暴化し…。セントミラへの航路は考えられないほど厳しいものになっていた。

そして私がセントミラにたどり着く前日。
謎の建造物と未知の魔獣は、出現したその時と同じようにセントミラからその姿を綺麗さっぱり消してしまったのだ。

それにより混乱を見せた空の魔獣たちを端から撃ち落とし、前進全速させたエアシップはようやくセントミラに入ることが出来た。

そこにあったのは目を塞ぎたくなるような惨状だった。
街は焼け、家々は破壊され、そこかしこから漂う嫌な匂い。

──父さんや、ルティアさんはどこに。

そう思って走り出そうとした私の耳に入ってきたのは、衝撃的な情報だった。




「ルティアさん!!!」

大慌てで王宮内の救護所に駆け込んだ。
建物の中はベッドだけでなく床にも怪我人が転がっていて、そこかしこを医療チームや駆り出された人々が走り回っている。

「ヴァイス様!」
「ルティア…魔法大学三年生の、ルティア・ミスティックはどこにいますか!?」
「こ…こちらです!」

声をかけてきた兵士にそう尋ねると、慌てた様子で案内をしてくれた。…向かう先は元々医務室である、ベッドが大量に並ぶ方角。進むほど重傷者が増えていき、緊迫した空気になっていく。この奥にルティアさんがいると言うのだろうか。…彼女は、どれだけ深刻な怪我を…。

そして兵士が立ち止まったのは個室の病室の前。「こちらです」とだけ言って私に前を譲る。…促されるまま扉を開くと、そこにはベッドに横たわるルティアさんの姿があった。

「──っ、」

一瞬最悪の想像をしてしまって息が詰まる。
しかしすぐにその胸部が規則的に上下していることを認識して、ほんの少しだけ安堵した。

「──一体、何があったのですか」

私がそう聞くと、彼は少しずつセントミラで起こった惨状を説明してくれた。

6日前、突如セントミラ上空に現れた謎の建造物から降り注ぐ未知の魔獣──、その存在までは私も知っている。
しかしその魔獣は従来のものよりも強力で、かなり強いダメージを与えなければ倒すことが出来ず被害はどんどん拡大して行ったという。
魔獣を倒すことが出来る者は限られるにも関わらず、どんどん敵の数は増えて行った。加速度的に街の被害も増え、そしてさらなる敵が投下されていく。そんな地獄が、セントミラに顕現していたのだ。

そんな中、ルティアさんはその膨大な魔力と強力な炎魔法のおかげで未知の魔獣を倒すことが出来る貴重な人材のひとりだった。学生でありながら前線に出て、多数の魔獣を倒した。
しかしルティアさんに限らず兵士たちも皆人間だ。ロボットではない。魔力にも体力にも、…気力にも限りがある。数の暴力に押されたセントミラの軍は徐々に後退していき、じりじりと国民を避難させていた王宮へと戦線が近づいてしまっていた。

…そんな中、突然ルティアさんの行方が分からなくなった。
戦線が危なくなっていたためルティアさんの損失は大きく、状況は混乱を窮めた。一日経ち、前線が王宮前まで下がりもう無理かと思われたところで──、ルティアさんは再度姿を現したのだそうだ。
しかも、今までの五倍くらいの威力の魔法をぶちかましながら。

誰も彼も、何が起こったのか分からなかった。
けれど獅子奮迅の働きを見せるルティアさんは、少しずつだが未知の魔獣の波を押し返し前線を上げて行った。そのチャンスを逃す訳には行かないと全軍でそれを支援し、ある程度のエリアを制圧できた。…すると、驚くべきことに。今度は突如謎の建造物と未知の魔獣たちが一斉に煙のように消えてしまったのだった。


「…それで、ルティアさんは…」
「…その直後、糸が切れたように気を失って倒れてしまい…それから目を覚まさないのです。極度の過労と限界以上の魔法を酷使したことによる体へのダメージがあるそうですが…既に治療は済んでおりまして、あとは十分休んで体力の回復を待つだけだと」

それを聞いて安堵のため息をもらす。…それと同時に、その場におらずなんの助けにもなれなかった自分が悔やまれる。彼女の隣にいることが出来たら、こんなに体を酷使するまで無理なんてさせなかったというのに。

私がルティアさんの前で立ちつくしていると、兵士は一礼して部屋を出ていった。…国が大変な時だ。ルティアさんのことは心配だが、宮廷魔術師の身で長々とここにいるわけにはいかない。
そう思いつつもベッド脇の小さな椅子に腰かける。…子供のようにぐっすりと眠り込んでいるルティアさん。想像もつかないが、この彼女が先頭に立って国を守ったのだ。

彼女の額に手を伸ばす。触れてみると、私の手にじんわりと熱が伝わってくる。…熱があるのか。

部屋を見回すと洗面台がひとつ。傍らにはタオルが置いてある。席を立ってそれを濡らし…弱い氷魔法でさらにそれを冷やした。

「──がんばりましたね」

額に汗で張り付いた、燃えるような赤い髪をどかしてやる。そこへそっとタオルを置くと、ぴくりとルティアさんのまぶたが動いた。

「──ん、…?」

ゆっくりとした動きでその目が開かれる。
最初はぼんやりとしていて何も映していなかった瞳が徐々に焦点があっていき、ぐるりと部屋を見回したあと私と目が合った。

「…ヴァイス先輩」
「…っ、その、体は大丈夫ですか。かなりの無茶をしたと…」
「あは…このくらいでどうにかなるよーなヤワじゃないですよぉ…」
「フ、…そんな感じのことを言うと思いましたよ」

いつもの調子で返してくれたルティアさん。実際は体がかなり辛いであろうに、私に心配をかけまいとそう振る舞ってくれた気遣いに心が温かくなる。
…しかしそれも、数秒後に彼女の目からこぼれおちた涙に上書きされてしまう。

「ルティアさん…!?」

声を上げて泣くのではなく。
静かに…けれどその裏に強い悔恨を感じる涙。

「…ごめん、なさい…」
「…何を謝ることがあるのですか。あなたは立派にセントミラを守りました。謝るとしたら、こんな時にセントミラにいなかった私の方──」
「ちがう、ちがうんですよぉ…!」

ぼろぼろと泣きながらちがう、ちがうと繰り返すルティアさん。

「一体何が…」
「分からないんです、もう、覚えてない…」
「…覚えて、ない…?」
「…大切なことを…とても大切なことを、私は忘れているんです。それが何なのか、分からないけど…でも、先輩に謝らなくちゃいけないって、それだけは覚えてて…」

…ルティアさんの言っていることは、分からない。彼女の言葉通り、おそらくルティアさん自身も分かっていないのだろう。しかしその様子は錯乱したり記憶が混乱しているようには見えなかった。

「…それでも、私はルティアさんが生きていてくれたことが嬉しいですよ」
「ヴァイス、先輩…」
「ほら、もう少し休みなさい。一週間ほぼ戦い通しだったのでしょう。回復したらやってもらうことがたくさんありますから」
「…うん」

大人しくうなずいてそのままベッドに横になろうとするルティアさん。…何故か目を引く、胸元に光る青い石のネックレス──。それを見て、たまらない気持ちになった。

「──っ、」

…僕はその腕を引いて、無理やり自分の腕の中に閉じ込めた。

「…せん、ぱい…?」
「…本当に、無事でよかった」

ルティアさんを抱きしめている自分の手が震えているのを感じる。情けない。こんなことにならないと自分の気持ちに気づかないだなんて。

「おかしいでしょう、自分で休めと言ったのに、目を閉じたらもう二度とあなたが目覚めないような気がしたんです」

再びその目に僕を映すことは叶わなくなると、そう感じてしまった。
…なんだかルティアさんが遠い存在のように感じたのだ。

ぎゅっ、と両腕に力を込める。

「い、いたい、いたいですヴァイス先輩…」
「……」
「…もう、仕方ない先輩ですねぇ…」

痛いと言って僕の背中を叩いていた彼女の手が、優しく背中を撫でてくれる。

「せっかく泣き止んだのに、今度は先輩が泣いちゃうんですか」

いつの日か、ルティアさんの「家族」の話をしてくれた時のような優しい声。
…それを聞いて、決心した。

「──好きです、ルティアさん」

飾ることをせず、心の内をそのままさらけ出した言葉。嘘偽りのない素直な気持ちだった。

僕の背中を往復していた両手がピタリと止まった。…というか、色々止まっている。

「…ルティアさん、息しないと死にますよ」
「…だ、って、」
「顔見せて」
「や、やだ!絶対いやです!」

体を離そうとすると、ルティアさんが全力でこちらにしがみついてくる。…その行動、可愛すぎるの分かっているんだろうか。

「ルティアさん、返事を聞かせていただけますか」
「う、ぅ…」
「…私だけ自分の心の内を見せるのは不公平だと思うのですが?」
「せ、先輩が勝手にしたんじゃないですか…!!」
「…迷惑でしたか?」
「…そ、んなこと、ないですけど…」

ぎゅっ、と背中の手が握りしめられるのを感じた。
…そしてルティアさんは、小さく身体を震わせながら、深く息を吸い込んだ。

「わ、たしも…ヴァイス先輩のこと、…すき」

果たしてこれはルティアさんに熱があるからなのか、それともまた違った熱さなのか。
胸の中心からじんわりと優しい熱が広がっていった。

「もう無茶なことをしてはダメですよ」
「…先輩もですよぉ」
「フフ、お互い目を光らせていないといけませんね」

そう言って今度こそルティアさんをベッドに横にさせる。…その姿を眺めることにもう恐怖は感じなかった。

「私は仕事をして来ます。今のあなたは、早く体を治すことが役目ですからね。しっかり休むんですよ」
「先輩、わたし…」
「…今は、もう大丈夫ですから。とにかく自分のことを考えて」

ピシャリとそう言うと、大人しく布団をかぶるルティアさん。

そのまま部屋を後にして、混沌とした状況の王宮内に足を踏み入れる。そして私は少しでも回復したルティアさんの負担を減らすことができるように仕事をこなしていったのだった。


──数日後、国内の状況把握がほぼ終わった時。
ある情報が私の耳に入ってきた。

「ゼクス・ランドシーカーが、謎の建造物の消失と同時に行方不明になった」。

父はあの時このセントミラにいたのだ。
そして謎の建造物と共に姿を消したというこの状況。

そしてその前日に一日姿を消し、一時的に強い力を持って戻り──、目を覚ました時には姿を消していた間の記憶を失っていたルティアさん。

…おそらく、父が関わっているのだろう。
父が直接ルティアさんに何かしたのか、はたまた謎の建造物の影響で変化が起こったのか、それは分からない。

しかし、謎の建造物の消失にはほぼ確実に父が関係しているはずだ。…あまりにもタイミングがよすぎる。

今回の事件はセントミラ三賢者と呼ばれる魔法使いたちが「素晴らしいものを見つけた」とだけ言い残して姿を消した後に起こったらしい。…状況からして、三賢者の行動が何かしら関与しているものと思われている。
しかしそれ以外の全ては謎に包まれたままだった。調査を重ねてもなんの情報も現れない。
唯一の手がかりになりそうなルティアさんの記憶も、いっこうに戻らないままだった。



そして、時は流れ。

私たち二人は、「運命」とも呼べる旅に巻き込まれていくことになる──。





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