素早くフリックを動かし送信ボタンを押す。
一瞬で着いた既読のマークに、あいつも暇だなと笑いをこぼした。
────冷たい風が吹き込みいよいよ本格的な寒さが増してきた12月。布団にくるまりながら家で一人くつろいでいる今は絶賛、冬休みの最中だった。
多くの人が喜ぶであろうし、それは当然俺も然りなこの期間なのだが、一方の想い人はというとメッセージアプリでつらつらと不満を漏らしていた。
それも内容はずっっと同じ。
______それを俺に言われても。
やまとはずっとこんな調子で、会いたい会いたいと壊れたおもちゃのように吐き続けている。ピコンと通知が来たかと思えば''会いたい''の文字、朝起きてみたら数十件にも上る通知の数々。そろそろ通知を切ってやろうかなと思っていたところだ。
まあ本音を言えば、会えず寂しく思っているのはあいつだけじゃない。少なからず暇を持て余している俺もあいつ寄りの似た気持ちではあるのだが……
───────でも、だからこそ年末会う約束をしたというのに。
─────どうやら俺とやまとでは時間感覚が擦り合わないらしい。
まだ終業式から3日しか経っていない、尚且つあと4日で会えるというのにもう耐えきれないというこの有様だ。
俺も、もちろん会いたいとは思っている。だがこんな毎日通知が鳴り止まない程ではない、冬休みそのものに不満をこぼす程ではない。
──────とはいえ、何だかんだで律儀に全て返信している俺も大概寂しいという感情を持て余してしまっているのだろう。
____ならば。
そういうことを簡単に口にするなよ。
抗えず浮上してしまう気持ちに、大概俺も人のこと言えなかったと自分に呆れる。
やまとの行動を言い訳にして、自分から電話をかけた。その行動が結局、俺の本心ということだ。
____プツ
数分にも満たない会話。声を聞けた嬉しさと、少ない通話時間に寂しさを含んだ指で画面の赤いボタンにそっと触れて通話を終了した。
通話を早めに終わらせたのは、あいつの声を聞いた時、若干の違和感を感じたから。メッセージでの文面や、今までのやまとの声色とはまた違っていたと思う。
いくら大飛からの怒涛の連絡があったとはいえ、なんの前触れも無く電話をかけたのは俺からだ。もしかしたら今じゃないと思われてたかもなーなんて、後ろ向きな思考を振り払うようにして風呂に入り、そのままベッドに横になって目を閉じた。
だが、残念な事にこのまま平和には終わってくれなかったようで。____
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───見事、悪い予感は的中してしまったらしい。
今日は12月31日。世間が賑わう年末でありやまとに会う当日を迎えた訳だが、自然に目が覚めた早朝に送られてきたのがこのメッセージ。
歯を磨きながら流し見していた時それを見て、思わず動きを止めてしまった。
やっぱり、やまとがおかしい。電話をした日までは熱烈なメッセージの猛攻撃だったのに、その日からはおはようとおやすみの連絡以外、ぱたりとこなくなった。
そのうえ、楽しみにしていたはずの予定すらも突っぱねる始末。
じゃあ会えないのおかしくね?
理由を上手く濁そうとするやまとに歯痒さを感じて、思わず眉を顰める。
やまとに限ってやましい理由がある訳では無いとは分かっていても、心臓に霧がかかったかのようにもやもやが募っていく。
それが嫌で真意を確かめるべく手っ取り早く右上の通話ボタンを押そうとした。だが。
タイミングが良いのか悪いのか、こちらの意を見透かしたかのように画面下に更新された牽制するようなメッセージに、どんどん気分が降下していく。
俺に言えない何かが、あるのか。
ここ最近までは幸せな空気しか流れていなかったはずなのに、ここへ来て急に不安を募らせる羽目になるとは。
ぽっかりと空いた今日の予定と、俺の心の中。
だらぁっとソファに倒れ込んでため息を零す。静かなこの空間に差し込む音の鳴る方へふと視線を移すと、朝寝ぼけながらつけたテレビの中の毎朝見かける女性アナウンサーが、ゲストを迎えて特集をやっているところだった。
その内容は何とも、「カップルの倦怠期はいつからなのか」を街中の人にアンケート調査したものだった。朝のニュースの時間にこんなドロドロとした内容をやるのもどうかと思うが。
だけど、今日は何故かそれを見逃すことが出来なくて。
実際、俺たちは付き合っているわけでも無ければこのアンケート調査結果が語るような、倦怠期ランキング上位を飾る2年、3年以上の月日が経過している訳でもない。まだ、思いが通じてから3ヶ月ほど。
それに、つい最近までそんな重たい雰囲気は微塵もなかったし、そんなことがあれば怒涛の「会いたい」なんてメッセージも見ないはずだろう。
悶々と考え込んでしまいそうで現実から目を背けるようにしてテレビの電源を落としたが、頭の中は先程のニュースがずっと脳内を駆け回っていた。
______''最初は好きって思ってたんですけどー、想いが通じてからなんか無理ってなって。蛙化現象ってやつですかね?笑''
先程のニュースの街頭インタビューで、このように話していた人がいた。そしてそこから特集テーマは倦怠期から「蛙化現象」についてへと移り変わり、スタジオトークにはより盛り上がりが見られた様子だった。
ぼそっと呟いた声は、孤独の空間に消えていく。
「倦怠期」より、今の俺たちはこっちの方があっているだろうか。期間的にはドンピシャだ。
俺は一度顔を叩くようにして気合いを入れ直し決心した後、手早に支度を進めた。
────直接、やまとに聞きに行く。いや、会いたくてしょうがなくなった。
これ以上考えすぎるのは性にあわない、思い立ったら行動だ。
大体、理由を言わないのは向こうが悪いだろ。
そう今までの不安を怒りに無理やり変えて、俺は家を出た。
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____ピーンポーン
やまとの家の前について、インターホンを鳴らしたところでやっと気付く。まず、やまとが家にいるかも分からない。もし予定が入ったから行けなくなったのなら、やまとは今ここにいないはずだ。
でもだとしたら、やまとは一体誰と会っているのか。家族ならそういえば良い。だけど濁さないといけないような理由があるなら……。
どうか家にいてくれと懇願するも、なかなか音が帰ってこなくて。身体がどんどん冷えていくのを感じた。
____''
いないと判断して踵を返そうとする直前、ようやく求めていた声が帰ってきた。家にいてくれたことに心の中で安堵の色を浮かべたが、なんでここに先生がというように疑問符を並べるやまとはどこかバツが悪そうだった。
あまりに濁そうとするから流石にイラッときて__________いや。
それよりも感じる違和感があった。
俺が引き下がらないと悟ったのか、ここからしばらくインターホン越しでの応答がなくなり、しばらく経った後にガチャっとロックが外れる音がした。
ドサッ____。
ドアが開いた瞬間、やまとは開くドアと同時にこちらへ倒れ込んできた。咄嗟に踏み込んで支えるも、やまとは限界というようにしてだらっと力が入っていない様子。
同時に伝わってきた彼の蒸されたかのような身体の熱さにさすがに焦り、急いでベッドへ運び戻した。
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あれから約一時間後に、やまとは目を覚ました。常に額に冷たいタオルを当てていたことで体はだいぶ平均体温を取り戻し、前と比べて息苦しさもなくなった様子。
良かったと安堵しながらも、先程からずっと心を暗色に染めていたもやが先を走った。
はぁっとため息を零しながら、俺は一方を指さした。その先にあるベッドの傍には、コンビニで買った水やらアイスやらが入った詰め合わせのようなものが置かれていた。
これは、俺がここへ来る前に買ってきたものでは無い。30分前ほどに、届けてくれた訪問者がいたのだ。
それが、彪雅とあっちゃん。二人はやまとが体調を崩したこと知っていたようで、やまとから直接頼まれていた支給品をもってきたようだった。
俺には言ってくれなかったくせに。
____二人に言わずに、俺に言えよ。出かけた本音は、無理やり引っ込めた。
俺が移したかも、と慌て出すやまとを鎮めると同時に、熱に浮かされてぼーっとしているはずのやまとにさえもバレてしまうほどに顔に出ているのか、と反省する。
実は先程、同じ事を彪雅たちにも言われた。
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唯一生徒で俺ら二人のことを知っていて、こうして影から応援をしてくれている二人には感謝しかない。
彪雅たちに看病を代わってもらわなかったのも、俺のエゴだ。
まあ、疲れているのは日々の疲れではないのだが。
今日でこの悩みも解消できそうだ。
今日何度目かも分からないため息をこぼす。
本当に、あそこまで無駄に焦った俺を殴りたい。
なんであんな考えなんかに辿り着いたのだろう。杞憂にもほどがあった。
いや、でもこれは完全にタイミングと、あのニュースが悪い。倦怠期やら、蛙化現象やら不穏を匂わせるワード満載でここから暗い展開になりそうだったろ。みんなもそう思ったよね?………あ、だめだ、変な事口走ってる。やっぱ疲れてるかも。
心配も杞憂に終わって、あんなん言われて、調子乗らない方がおかしいよねって話。
まあ、今は安心の方が強く占めているんだと思う。
本当に、良かった。
そして、明日から朝見るニュースのチャンネルは変えてやろうと決めた。もう寝ぼけてつけるのもやめよう。
…いや、あのニュースに非はないんだけどね、多分。
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──────いや、もしかしたらもうもっと前から、うつっていたかもしれない。
これは熱のせい、だからノーカンで。なんて。笑
冷気を誘う冬の季節。ただこの部屋だけはそんな寒さを微塵も感じさせていない。
──────それはきっと俺とこいつの、_ のせい。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!