あの後、一度も、あの場所には行っていない。
学校にも行かずに、カーテンを締め切った薄暗い部屋にずっと籠っている。
僕は何もせずに虚ろな目で宙を見上げていた。
そこには無い、もっと違うところを見つめていた。
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僕は人と話すのも、同じ空間にいるのもに苦手、困難なんだ。
同じ空間にいるのが困難ってどういう事なのかだって?
それは、気まずいどころじゃないような形容し難い、もがいて抜け出したい苦しい空気になる。
自分も相手も、気分が悪くなるような。
僕は他人と関わっちゃいけないんだ。
だから神は、僕の周りの人達を奪っていったんだ。
窓の外から、打ちつけるような雨と雷の音が聞こえた。
それが僕には世界中の全てのものが責めているように聞こえる。
ー…お
頭の中に何かが聞こえた。
ー…お
自分の声ではないようだ。
何か言っている。
(何を言っているんだ、それじゃ聞こえないよ!)
僕は頭の中に響く声を聞こうと耳を澄ました。
ー…りお
自分の名前を言っているのが聞こえた。
でも、そんなの聞こえる訳ない。だってここは建物の中で、家の中には僕以外誰も居ないのに。
ー麗桜
今、はっきりと聞こえた。
でもそんな事、あるはずない。
今聞こえた声は何をどう間違えようか、佐久夜の声だった。
いや、でもきっと今のは僕の幻聴だ。部屋に籠りすぎて頭がおかしくなってしまったのだろう。
ー麗桜
その時、頭の奥がツキッと痛んでもう一度声が聞こえた。
(行かなきゃ)
何故か分からないけどそう思った。
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気づいたら僕は、あの桜の木の前に立っていた。
(そんなふうにいわれたら余計気になるじゃないか)
そう言って彼女は頬を膨らませた。
佐久夜が僕の頭を撫でる。
(どうして佐久夜はこんな事を恥ずかしげもなくできるんだろう)
まさか、彼女も僕と同じ様に親がいないのだろうか?
彼女はなんでこんなに明るいんだろうか。
僕を巻き込んで、心を動かしてしまうほどに
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!