こーじが連れてきたのは、海岸だった。
春がもうすぐとはいえ、やはり潮風は冷たい。
こーじはカメラを手に早速シャッターを切り始めた。
俺の後ろを歩いていた彼女は浜辺に降りる階段で、ラウールたちを見ながら佇んでいた。
下から見上げる彼女はどこか寂しげで・・・。
俺はそっと近づいて、手を差し伸べた。
俺に言われるままに、彼女が伸ばした手をゆっくりと握り、そっと引いた。
ゆっくりと俺の胸元に落ちてくる彼女を抱き止める。
俺の胸元でゆっくりと顔をあげる彼女を見て、俺は忘れていた記憶を蘇らせた。
あの時に見かけた子と同じキャップ。
キャップの色は違ってるけど・・・。
髪もキャップの中にまとめているわけではないけど・・・。
でも、キャップ越しに俺を見上げたあの表情は確かに、さっき目にしたものと同じだった。
彼女をその場に立たせ直して、問いかけようとした時、それをラウが止めに入った。
俺をその場に残し、波打ち際で遊ぶラウールと彼女をこーじが色々な角度でシャッターを切っている。
側から見たら完全にカップルだ。
手を繋ぎ、笑い合う姿は、俺から見ても絵になる。
しばらくして、こーじが俺の元へやってきた。
こーじから見せてもらった写真の中の、ラウと彼女は俺がさっきまでここから見ていた表情よりも更に楽しそうな姿をしていた。
そんなこーじに俺は無意識にこう告げていた。
カメラを首にかけて、腕組みするこーじにこの場所での撮影を提案してみた。
こーじの闘志に火をつけることが出来た俺は、彼女との写真を撮ることが出来たのだった。
こーじの支持を受け、彼女の後ろに立つ。
壊れ物を扱うかのように、彼女を包み込むと、戸惑った表情で俺を見つめる彼女がいた。
こーじの切るシャッター音に隠れて、俺たちだけの話をする。
探していた彼女との、再会が出来たことがただただ嬉しかった。
ラウが言っていたように、奇跡が起きたのだから。
そういうことだったのか……。
彼女があの日男装していた理由と。
ずっと伝えたかった、詫びの言葉と。
俺の中で一気に消化されて……。
今、その相手が頬を赤く染めながら、俺の腕の中で俺を見上げている。
俺は微かに芽生える新たな気持ちに比例するように、回す腕に力を込め、そっと髪に口付けた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!