録音を終えて、ブースでスタッフさんと話す彼女を見ていると、佐久間が俺に声をかけてきた。
俺たちのやりとりを彼女とスタッフに伝えに行った佐久間。
ブースの中では楽しそうに笑ってる。
その光景が再び俺の胸を疼かせる。
なんだろう・・・そう思いながらぐっと胸を押さえた。
今日はあくまで俺は付き添いでメインではない。
そして、彼女と親しいのも俺じゃなくて、佐久間だ。
当たり前のことなのに、それがしんどい。
出来るなら、佐久間と変わりたいとさえ、思うほどに・・・。
俺はなんて現金なんだろうと思う。
彼女が言ってるってだけで、さっきまでのテンションがこんなにも上がってしまうんだから。
彼女がスタッフの人たちに挨拶をしてこちらにやってくるのが見えた。
嬉しそうにそう答える彼女の表情はとても優しくていつまでも見ていたいと思う。
彼女に連れてこられたのは、路地裏にある小さな喫茶店。
中に入ると、マスターらしき人が彼女に話しかけてきた。
(マスター)あなたの下の名前ちゃん、こんにちは。
珍しいね、今日は連れが一緒なんて。
(マスター)大丈夫だよ。いつもの席でいいかな?
窓際のテーブルに腰を下ろした。
奥に彼女が。
手前に、俺・佐久間の順で座る。
飲み物を注文すると、佐久間が最初に口を開いた。
まさかの名前に、ただ驚くしかなかった。
目の前に運ばれてきたココアを飲みながら、彼女は小さく笑う。
コロン・・・と、アイスコーヒーの氷が溶ける音がした時、佐久間がふいに立ち上がった。
マスターに場所を聞き、佐久間はトイレへと向かう。
残された俺たちの間には沈黙が流れた。
彼女と連絡する術を持ち合わせていない俺にとって、絶好のチャンスで。
今、聞かないと、彼女とのつながりを持つことは出来ない。
窓の外を見つめる彼女に、問いかけるとゆっくりと俺の顔を見た。
一瞬戸惑った表情を見せたものの、次の瞬間、笑顔に戻り、スマホのQRコードを見せてくれた。
そして、LINEの交換をしたのだった。
彼女との関係が一歩前進したことが素直に嬉しくて、アドレスに彼女の名前が入った画面を見て、顔が緩むのを止められなかった。
そんな中、俺はもう一つのお願いをしてみることにした。
勢いに任せて口にしたお願いはやはり、彼女を困惑させてしまっていた。
予想は出来ていたけれど、こんなにも困らせてしまうとは・・・。
すぐ様やってくる後悔の波に飲まれそうになる。
無理矢理したフォローは更なる困惑を呼んでしまったようだった。
視線を落としかけて、降ってきた言葉に慌てて彼女を見た。
頬をうっすらと赤く染めてそう口にする彼女の、精一杯の返答だったのだと分かった。
こうして、彼女から承諾をもらって。
その日俺の携帯には彼女・・・あなたの下の名前ちゃんの名前で連絡先が増えたのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。