そう叫ばなかったのは不敬罪が怖かったからではなく、ただおぞましかったからだ。
そもそも、罪名が追加されても、処刑が決まっている身である。しかも冤罪ばかりで──いや、身に覚えがある罪状ならある。言うなれば、『私と私の世界一可愛い妹との仲を理解しなかった罪』だ。無理解罪とでも名づけてやりたい。
吹雪の中、悠然と立っている金髪の王子はジルの婚約者だった。ジルが十歳のとき、初めて訪れた王都で第一王子ジェラルド・デア・クレイトスの十五歳の誕生日パーティーに出席したその日、初対面で求婚され、そういう仲になった。
ジルの故郷であるサーヴェル辺境領は、神話の時代から何かと争いが絶えないラーヴェ帝国と接している。いずれくるラーヴェ帝国との争いを見越して血縁者を取りこもうという、政略的な求婚だったのかもしれない。それくらいならジルも了解していた。でもジェラルドは他人にも自分にも厳しく、真面目で、責任感のある、尊敬できる人物だった。
何より、化け物じみたジルの魔力を認め、必要だと言ってくれたのだ。
だから堂々と魔力を使い、戦場を駆けることもまったく苦にならなかった。普通の女の子とは違う青春でも、化け物だ戦場でしか笑わぬ冷血女だ男女だと嘲笑されても、ジェラルドという王子様が自分にいると思えば、引け目を感じなかった。
戦功をたて軍神令嬢とよばれ、年頃の男子より女子に恋文をもらう十六歳になっても、まあいいかですましてこられたのだ。
なのにジェラルドの正体は、妹と禁断の恋に励む変態だった。
ジェラルドの溺愛する妹、フェイリス・デア・クレイトス第一王女はこれまでの人生をほとんど寝台ですごしている、病弱な少女だ。外にもほとんど出られず、ジルも指で数えるほどしか会ったことがない。
だが一目見れば誰しもが魅了される、天使のような少女だった。ジェラルドの溺愛ぶりもしかたがないと頷いたものだ。妹の具合が悪いと聞けばジェラルドはジルの誕生日パーティーも婚約記念日もすべてすっぽかした。冗談まじりで不満をもらそうものなら、城中の人間に白い目で見られ、ジェラルド本人には手厳しく糾弾され、挨拶すらできないまま戦場に送り出される。優しい部下に慰められつつ、自分の狭量さを反省したものだった。
だって思わないではないか、普通──婚約者の浮気相手が、実の妹だなんて。
いや、厳密には浮気相手は自分のほうだった。自分との婚約は、最初から妹との禁断の恋をカモフラージュするためだったのだ。ジルは完全な道化だった。百年の恋も一気に冷める事実をつい最近、ジルは知った。もはや悲しみや怒りを通り越して笑うしかない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。