ジルの鎖骨周りをぐるりとまわり、ラーヴェが頭の上にのる。
思わず叫んだジルに、両腕を組んだハディスが振り返って眉をひそめた。
口の中で繰り返して思案したハディスが、いきなりかっと頰を赤く染めた。
怒っているようだが、視線を泳がせている姿がひたすら初々しい。さながら初めて閨に引きずりこまれた乙女のような反応に、なんだかジルのほうが死にたくなってきた。なのにハディスは身振り手振りで何やら一生懸命解説を始める。
ラーヴェを見ると、てへっと舌を出された。製造物責任者は竜神だ。
頭を抱えたくなっていると、ふとハディスの視線が落ちた。
良心に突き刺さる、悲哀に満ちた声だった。
だがほだされるわけにもいかない。ジルはおそるおそる言い返す。
哀愁を帯びた睫が震え、翳りを帯びる。金色の瞳からは今にも涙が溢れそうだ。
ものすごい罪悪感がこみあげてきた。あーあとラーヴェがジルの頭の上でつぶやく。
テーブルに手をついて、ハディスが憂いに染まった金色の瞳で自嘲する。
言った。確かに言った。
やや焦点のあっていない目でハディスが微笑む。
金色の瞳が物騒に光って見えるのは、絶対に気のせいではない。このままでは故郷がラーヴェ皇帝に目をつけられてしまう。しかも、肝心なことを思い出した。
ここでそうですかと戻ったら、待っているのはジェラルドだ。
はっと顔をあげた。ハディスは驚くほど澄んだ瞳で微笑む。
──ジルが求婚に頷いたとき、ジェラルドはこんなに喜んでくれただろうか。
そしてこれから先、こんなに喜んでくれるひとが現れるだろうか。
どんなに言い訳しても、自分は裏切れない。何より自分が利用するために求婚し、いらなくなったら捨てる──それは、自分がジェラルドにされたことと同じではないか。
この皇帝は悪くない。たぶん、悪くない。きっと、悪くない。おそらく、悪くない。
──ひとり残らず殺せ。
よし、いい男だ。
がしゃんと音を立てて、ハディスが持っていたカップを落とした。