第11話

第一章 発令、竜帝攻略作戦 8
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2022/10/09 09:00
 ジルの鎖骨周りをぐるりとまわり、ラーヴェが頭の上にのる。
ラーヴェ
ラーヴェ
俺が見えて、しゃべれる。んー条件はぴったりなんだよなー。年齢は……ハディス、お前十九だっけ。このお嬢ちゃんは?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
十歳だそうだ。九歳差だから、珍しくもない。常識の範囲内だよ
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
はあ!?
 思わず叫んだジルに、両腕を組んだハディスが振り返って眉をひそめた。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
常識だろう。僕の母は十六のとき、四十の父と娶せられた
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
で、でもわたしはまだ十歳でして……お、お世継ぎの問題とか!
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
……世継ぎ
 口の中で繰り返して思案したハディスが、いきなりかっと頰を赤く染めた。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
ま、まだ出会ったばかりで子作りの話なんて、どうかと思うな……!?
 怒っているようだが、視線を泳がせている姿がひたすら初々しい。さながら初めて閨に引きずりこまれた乙女のような反応に、なんだかジルのほうが死にたくなってきた。なのにハディスは身振り手振りで何やら一生懸命解説を始める。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
そ、そういうことは手順が大事だ。もっと話をしたり一緒にお茶を飲んだり、手紙のやり取りをしたりお互いをわかりあう時間を取る必要があるって、そう書いてあった!
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
あの、失礼ですが外見と中身が合ってなさすぎませんか……
ラーヴェ
ラーヴェ
うーん。やっぱ本を読ませただけだと偏るなー
 ラーヴェを見ると、てへっと舌を出された。製造物責任者は竜神だ。

 頭を抱えたくなっていると、ふとハディスの視線が落ちた。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
外見と中身が違う、か……つまり僕は、期待はずれだった、ということだろうか
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
……本当に、求婚は噓だったんだな
 良心に突き刺さる、悲哀に満ちた声だった。

 だがほだされるわけにもいかない。ジルはおそるおそる言い返す。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
むしろ、本気にしてはいけないことでは……わ、わたしはほら、まだ子どもですよ?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
そうだな……いや、わかっていた。十四歳未満で、尋常ではない魔力を持っていて、僕みたいな呪われた皇帝を好いてくれる女の子なんて、そう都合よく現れるはずがない……やっぱり僕はだまされたのか……僕はいつだってこうだ……
 哀愁を帯びた睫が震え、翳りを帯びる。金色の瞳からは今にも涙が溢れそうだ。

 ものすごい罪悪感がこみあげてきた。あーあとラーヴェがジルの頭の上でつぶやく。
ラーヴェ
ラーヴェ
落ちこませた。軽々しくこいつに求婚なんてするからだぞ、お嬢ちゃん。責任とれよー
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
わ、わたしのせいでしょうか!?
ラーヴェ
ラーヴェ
そうに決まってんだろ。こいつは弱いんだよ、心も体も
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
ラーヴェ、彼女を責めるな。悪いのは僕だ。確かに、十歳の子どもの求婚を真に受けるなんて、どうかしている。どんなに強がってみたところで、僕にそんなしあわせがやってくるはずがないって、知ってたのに……
 テーブルに手をついて、ハディスが憂いに染まった金色の瞳で自嘲する。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
浮かれてしまったんだ。一生かけてしあわせにするなんて言われたのは、初めてで
 言った。確かに言った。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
いや……いいんだ、ひとときのいい夢を見させてもらった。そう思えば
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
……その……わたしこそ、子どもだからと甘えて軽率なことをしてしまい……
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
この借りはいずれなんらかの形で返そう。君の名前は忘れない
 やや焦点のあっていない目でハディスが微笑む。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
サーヴェル辺境領だな。……決して、忘れない。決してだ
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
それはどういう意味ですか!?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
今なら大事にはならないだろう。君はちゃんと、クレイトスに帰すよ
 金色の瞳が物騒に光って見えるのは、絶対に気のせいではない。このままでは故郷がラーヴェ皇帝に目をつけられてしまう。しかも、肝心なことを思い出した。

 ここでそうですかと戻ったら、待っているのはジェラルドだ。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
でも本当に、嬉しかった
 はっと顔をあげた。ハディスは驚くほど澄んだ瞳で微笑む。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
ありがとう
 ──ジルが求婚に頷いたとき、ジェラルドはこんなに喜んでくれただろうか。

 そしてこれから先、こんなに喜んでくれるひとが現れるだろうか。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
(せ、責任は取ると決意して求婚したんだろう、ジル・サーヴェル……!)
 どんなに言い訳しても、自分は裏切れない。何より自分が利用するために求婚し、いらなくなったら捨てる──それは、自分がジェラルドにされたことと同じではないか。

 この皇帝は悪くない。たぶん、悪くない。きっと、悪くない。おそらく、悪くない。

 ──ひとり残らず殺せ。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
(ろ、六年後の話だ……! 今はまだまともに見えるし、時間はある。幼女趣味だの闇落ちだの、それがどうした。どこぞのシスコンと違って、まだ疑惑だ。愛だって戦争だ。今から更生作戦を立てて攻略すればいい、ような気が、しないでも、ないような……!?)
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
残りのケーキはお土産に持って帰るといい
 よし、いい男だ。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
前言撤回します! わたしでよければ結婚してください、皇帝陛下
 がしゃんと音を立てて、ハディスが持っていたカップを落とした。

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