ガサガサとノイズ交じりに動画が始まった。暗い画面からは、二人分の話し声が聞こえてくる。
画面が明るくなったかと思うと、女性の顔がどアップで映った。動画のタイトルに興味を惹かれて再生した暇な男子大学生は、うおっ、と声を上げた。
ケバい化粧の、二十代くらいの女性。ピースピースとはしゃぎながら、舌を出したりジャンプをしたり。楽しくて何よりだが、なんだこれ。男子大学生は急速に興味を失い、画面を閉じようとした。
男子学生は閉じようとした指を止め、画面に見入った。冗談にしては、笑えないし面白くもなかった。
眉を下げて謝る女性の顔を、男子大学生はどこかで見た気がした。どこだっただろう、最近のことだけど思い出せない。
たちの悪いいたずらだと男子大学生は思った。でもどうしてか、目が逸らせない。動画に映る女があまりにも切実で、胸に迫るものがあったから。
男子大学生は、徐々に冷や汗をかきはじめていた。知っているかもしれない。同じサークルの気になる子と一緒にいた、別サークルの女の子。同じ高校だったの、と一度だけ紹介されて。でも興味なかったから、ちゃんと顔は見ていなかった。だからきっと見間違い、他人の空似だ。マキちゃんって呼ばれてた気がするけど。
明るい様子で話しながらも、女の子の目は次第にうるうると涙が溜まっていって、
ついに決壊した。幽霊でも泣いたら化粧崩れるんだ。男子大学生は変なところで感心した。……いやいやいや、幽霊って、なに信じちゃってんの俺。
女の子の後ろに映る木が風で揺れていた。男子大学生は気付いてしまった。髪が、さっきから少しも揺れていない。
満足したように女の子は息を吐き出した。化粧が崩れた顔はあどけなく、歳相応に見えた。
夢枕って、なんだよ。成仏とか、ありえないだろ。男子大学生は自分の中にある常識と必死に戦った。
カメラから少し離れて全身を映す。女性は照れくさそうに顔を両手で覆って俯いた。そして手を離し、言った。
キャーやっぱ照れるーと叫びながら女性は画面からフェードアウトした。瞬きくらいの一瞬で、下手なCGみたいに。
ロコという撮影者が、『いっちゃった』と呟いて動画は終わった。
男子大学生はおもむろに立ち上がり、壁にかけたコートに近づいた。ポケットからくしゃくしゃになったチラシを取り出すと丁寧に皺を伸ばす。捜しています文字の下にある女性の顔を確認した途端、彼はへなへなと崩れ落ちた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!