私、清見(きよみ)ヒロ子は人生というものに疲れていた。
高校一年、十五歳。世間で言えば、青春まっただ中である。人生が楽しくてたまらない時期に、なぜにこうも疲れているのかというと、
急に引っ張られたかと思うと、互いの頬がくっつかんばかりに身を寄せ合って、スマホでパシャリ。
見せられたスマホの画像には、教室をバックに自分とは思えない姿が映っていた。私、そんなに目はデカくないんだけど。あとなんで犬みたいな鼻がくっついてるんすかね。
違和感の塊としか思えない画像を、友人の芙美(ふみ)がほくほく顔で保存した。もうひとりの友人、奈々香(ななか)が私にも送ってと画面の割れたスマホを持ってくる。
愛用のガラケーは、親からのお下がりとはいえ今も元気に動いている。買い換える必要なんてこれっぽっちも感じていなかったが、そうだよねえ、なんて同調する。
疲労の原因は、これだ。
ワケあって中学は地味な生活を己に課し、できるだけ目立たぬように過ごしてきた私は、中学卒業を機にこう思った。もういいんじゃない、と。華の高校生、ここらで一発咲かせたろうやないかと意気込んで、いわゆる高校デビューとやらを果たしたのだ。
まずは野暮ったい眼鏡とヘアスタイルをやめ、コンタクトにして髪型を流行のものに変えた。アパートの隣に住むお姉さんに頼み込んで、お化粧もマスターした。
そんな努力の甲斐あって、入学早々いわゆるリア充グループと呼ばれる集団に入り込むことに成功したのだ。そう、ここまではよかった、ここまでは。
ここからが、苦難の始まりだった。
休日のたびに遊びに誘われ、カラオケ、ショッピング、ファミレスで三時間駄弁るのフルコースは当たり前。女三人で遊園地のはずが、待ち合わせに知らない男子がいて合コンがスタートするし。はっきり言ってリア充というものをナメていた。マジでリアルが充実していた。一日二個以上の予定を入れるなんて元地味人間の私には考えられないスケジュールだし、会ったばかりの他人にいきなり「ヒロ子ちゃんさあ」と下の名前で呼ばれるのもムリだった。
想像していた高校生活とはかけ離れた毎日に、そろそろ限界を感じる所存である。
そりゃさ、最初はリア充グループに潜り込めたぜしめしめとほくそ笑んだよ。クラスのヒエラルキー上位に難なく入れた自分は運がいいと思った。しかし藤ノ宮高校に入学して早一ヶ月、失敗したかもしれないと思う自分がいる。
机の上に化粧道具をばらまき、芙美と奈々香は化粧を直し始めた。二人の様子をぼーっと見つめる視界の端っこで、地味な男子のグループが嫌そうに顔を歪めているのに気がついた。その中のひとりと目が合ったので、なんとなく困ったように笑った。私は参加していませんよアピールだ。しかし向こうはすぐに目を逸らして、ゲームの話を大声で始めた。話題はCMで宣伝されている、モンスターを狩るゲーム。私も気になってるんだよね。
男子の会話に耳を傾けながら、私は真っ直ぐに切りそろえた前髪を、手持ち無沙汰に触った。そろそろ髪、切ろっかなあ。美容院のおばちゃんに勧められてやってもらった姫カットだが、男子のウケはいいものの"私"のウケはよくなかった。姫カットって、どこの姫だよ。
二人の顔が驚愕の色に染まる。しまった、有名人だったか。テレビはよく観るほうだけど、ユータンなる人物は初耳である。
二人は顔を見合わせる。女子高生ならば知っていて当然の単語であるのは間違いないらしい。しかも髪型を変えただけで話題に上るほどだ、もしかしたらデビューしたてのアイドルかもしれない。
近くを通ったクラスメイトの男子を、芙美が呼び止めた。二人とも「なになにぃ」と軽いノリで近づいてくる。
植草と木和田を見上げ、弱った笑みを浮かべるしかなかった。芙美と奈々香同様、二人もちょっと驚いていた。
私に対する勝手なイメージを口にしながら、彼らは近くの椅子に座った。私の隣に座った植草は、恥ずかしげもなく妙に近い距離まで顔を寄せてきた。その馴れ馴れしさに引きつりながら、そっと後ろに体を引いた。
いや、まずその"スパイダー"が何かを知りたいんだけど。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。