投げたスマホが床で跳ね返り、衝撃でカバーが外れた。勉強椅子にしがみつきながら、落ちたスマホを凝視ぎょうしした。
隣のリビングにいた母が異変に気付き、部屋に入ってくる。落ちたスマホを嫌々拾い上げ、母に見せた。
私の勘は外れていなかったらしい。勉強机に置いて、もう一度コメントを読む。続きがあった。見慣れない住所と、お願いしますという言葉。そして嫌な、嫌〜な感じ。
コメントは一分とたたずに消去された。個人情報を晒すのはリスクが伴う。それでも一縷の望みを賭けて晒したのだろう。そしてすぐに消したか、消されたか。
個人メッセージは受け付けていないからコメントで書いたのだろうけど、私以外の人間が見ていた可能性は大いにある。
ネットの中では私の正体を暴いてやると息巻いているやつもいる。のこのこ現れたところを捕獲されたら、私の"スパイダー"活動はおしまいだ。ついでに人生も終了する。
書き込まれた住所は、ここからそう遠くはなかった。電車に乗って、せいぜい三十分くらい。行けない距離じゃない。
母はリビングに戻り、テレビの続きを観始めた。イタズラじゃないことは、この人が一番よく分かってる。電子機器を通して感じるのは、嗅ぎ慣れたニオイだったのだから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!