SOSのコメントを受け取って二日が過ぎた。答えはまだ出せてない。
席につくなり話しかけたクラスメイトは、肩をびくつかせながら振り返った。長い前髪から覗く目がおどおどと私を見上げた。宇野瑞樹(うのみずき)は入学してから今に至るまで隣同士に座り、比較的よく喋る仲だった。
こうして褒めておけば宇野は宿題を見せてくれたり、授業で当てられると答えをこっそり教えてくれる。本当にいいやつだ、私と違ってな。
宇野はいわゆるオタクというヤツで、クラスでは同じような趣味と外見をした連中とつるんでいる。リア充グループに属する私とは相容れない存在だと思っているのか、会話はいつも緊張でどもっていた。
今度は私が肩をびくつかせる番だった。十代のおよそ七十パーセントが"スパイダーウェブ"を閲覧してるとテレビで言ってたぞ、そんなにおかしな質問をした覚えはないんだが。
スマホに変えてからは、ときどきアクセスしている。ていうかガラケーユーザーだったとき、周りはスマホをいじる人間ばかりでうんざりしていたが、いざ自分が同じものを持つと同じ行動をするようになると気がついた。スマホは最高の暇つぶしの道具である。
とはいえ、あれ、チャットアプリっつーの? 芙美や奈々香に招待されてグループに参加したけど、四六時中メッセージが送られてくるのにはウンザリする。既読機能なんて、一体誰が幸せになれるっていうんだよ!
宇野は背中を丸めてチラチラ私を見ては顔を逸らし、見ては逸らしを繰り返した。うっとうしいな、早く答えろ。
宇野、マシンガントーク。
若干引いている私の様子に気付かないまま、宇野は自分のスマホを取り出して、ゲーム実況とやらの動画を見せてくれた。ちなみにうちの学校は授業中以外のスマホは禁止されていないのであしからず。
知っとるわ、貧乏ナメんな。あと引いてんじゃねえよ。
キッと睨みつけたら、顔を伏せてぶるぶると震え始めた。しまった、私は一応リア充だった。
了承を得る前に再生ボタンを押した。すると私とそう変わらない年頃の男の子が画面に現れた。ラフな部屋着に、前髪をピンで留めたチャラ系男子。女子に受けそうな顔をしていた。
ぶっきらぼうに挨拶すると、さっそくゲームの説明を始める。色んなスパイダーを見てきたが、本当にキャラクターは千差万別だ。全世界に自分を公開するぐらいだから明るい目立ちたがりが多いかと思いきや、なんで公開した、と問い質したくなるほど暗いヤツもいる。シュウは見るからに俺様で、他人が嫌いというオーラを出していた。
このシュウ、ゲームの腕前は相当のようだ。見せてもらった再生回数はミリオンを軽く達成していた。コメントも相当数あるが、『シュウ君かっこいい』とか『もっと罵って』など、女性からのコメントがほとんどだ。なるほど、たしかに顔は良い。うちのクラスにいたら間違いなくリア充グループの仲間入りをしていそうだ。態度はすこぶる悪いけど。
宇野は嬉しそうに唇を噛み締めた。
宇野の表情が凍った。構わずに質問を続ける。
年収はいくらなんだろう。同世代の"スパイダー"ともなると、意識せずにはいられない。私なんてマキちゃんの動画が話題になったはいいものの、半月もたたずに世間から存在をほぼ忘れ去られているからな。
宇野の悲痛な叫びに圧され、私は追及をやめた。しまった、根掘り葉掘り聞き過ぎたか。スパイダーの個人情報に触れるのはさすがに怪しかったな。
胸を押さえながら宇野は席を立って教室を出て行った。あと五分でホームルームが始まるというの、どこに行くんだアイツは。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!