今度は大神が固まる番だった。ヤツとの距離はおよそ二メートル。それをのっしのっしと歩いて差を詰め、下から睨みつけた。
今ここにいるのは清見ヒロ子じゃない、"スパイダー"のロコだ。何も知らない、知ろうともしない外野に腹が立ってしょうがない、ロコなのだ。
憤(いきどお)る大神から嫌そうに顔を背け、私はこれ見よがしにため息をついてみせた。
私は動画の中で一度も心霊現象について説いた覚えはない。ただ己が知りえた知識を公開しただけだ。
そもそも幽霊と呼ばれる存在自体、説明が非常に難しい。霊魂、精神体、思念、なんてフワフワした表現のオンパレードで、幽霊というものを理論的に解明した人間はこれまでに一人もいないのだ。母曰く、「専門家でさえ分かっていないのよ。なんとくこういうもんだ、ていう程度の認識なの」だそうだ。
クラスメイトの大神に対する評判はすこぶる高い。けどな、私だって負けちゃいない。
入学してから今に至るまで、私は私という人間を巧妙に作り上げてきた自信がある。見た目も態度も清楚な少女を演じてきた。スカートだってちゃんと膝下だ。付け入る隙なんぞ、欠片もないぞ。
とはいえ勝算はイーブン。大神が戦うと決めたら、互いに無傷では済まないだろう。私を糾弾(きゅうだん)したいならしたらいいが、ヤツに一体何が残る。戦うリスクと、得られるモノ。果たして釣り合っているかどうか、その頭を使ってよーく考えてみろ。
大神は唇を引き結んだまま、しばらく無言だった。しかしやがて怒りに顔を真っ赤にさせて体を戦慄(わなな)かせた。必死に今後の展開を想像して、得られるモノの少なさに愕然がくぜんとしたのだろう。
勝った。
完全なる、私の勝利だった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。