誰にも信じてもらえないっていうのは、ある種の恐怖だ。心霊現象よりも現実の人間のほうが怖いなんて、まったくもって笑えない。彼が仮想の世界に助けを求めたのは、この笑えない現実が引き起こしたことなのだ。
今までずっと我慢していたのだろう、田口さんは中々泣き止まなかった。私は一度も飲んでいなかったメロンソーダに口をつけて、好きなだけ泣かせることにした。
氷がほとんど解けて薄くなったそれをちびちびと飲んでいると、大神がじりじりと近づいてきて、そっとささやいた。
大神は恨みがましそうな表情をするだけで意味は教えてくれなかった。私のどこが悪魔だ。相手の領域を荒らすような悪魔の所業こそ、私が最も忌むべき行為だというのに。
お互い無言でメンチを切りあっていると、通路を歩いてきた女性がテーブルの真横で立ち止まった。
ベージュのコートに、グレーのスカートスーツ。いかにも仕事帰りという服装をした女性は、泣いている田口さんを見て驚いていた。
泣きじゃくっていた田口さんは顔を上げ、しかし泣いていたのを思い出したのか、すぐに俯くと袖で顔を乱暴に拭った。
瀬名と呼ばれた女性が、おずおずとハンカチを差し出した。田口さんは一度は遠慮したが、瀬名さんが引かないと分かると恥ずかしそうに受け取った。
同じテーブルにいる私たちと田口さんを交互に見やって、瀬名さんは何か言いたげだった。まあかなり怪しいよな。こっちは明らかに十代だし、もうすぐ十一時だ。
その質問、しちゃうか。
田口さんは強張った顔をハンカチで隠し、逃げをうった。強制的にパスが回ってきたため、私は必死に言い訳を考えた。
なんだって?
大神の発言に、私と田口さんが驚いて顔を見合わせた。困惑する私たちをよそに、大神はすらすらとありもしないエピソードを並べだした。
あまりにも淀みのない嘘だった。瀬名さんはすっかり信じ込み、田口さんの優しさに感銘を受けていた。
大神は立ち上がると同時に私の腕を引っ張った。強引にボックス席から出され、ぐいぐい引っ張られる。抵抗しようとしたが、考えてやめた。
今日は話を聞くだけのつもりだったし、頃合いっちゃ頃合いか。
ポケットから取り出したものを田口さんに押し付けた。百均ショップで買った、ちゃちなぬいぐるみのキーホルダーだ。
男が持つには違和感ありまくりだが、田口さんは手に収めたそれを大事そうに包み込んだ。
ファミレスを出る間際に振り返ると、田口さんは深くお辞儀をしていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。