あずさに別れを告げ、一旦家に帰った私は慌しくご飯を食べた。部屋に戻り、今度は化粧を落として私服に着替える。姿見の前に立つと、可愛げのないソバカスの少女が仏頂面で立っていた。
リビングには、病院にいるはずの母が刑事ドラマに見入っていた。こうなると声をかけても絶対に返事をくれないが、今日に限って私が背後に座るとすぐに振り向いた。
母はテレビに背を向け、同じように正座した。その目はキラキラというか、ワクワクというか、子どものように輝いていた。
ファミレスのバイトも中々に過酷でぬるいなんてもんじゃない。愚痴を始めたら一時間じゃ終わらないので割愛する。
母はあからさまに残念そうな表情を浮かべたが、すぐに明るい笑顔を見せて、「で? で?」と身を乗り出してくる。
たぶん私には、これしか身を立てる方法がない。あずさを言い訳にして、使えるものはなんでも使ってやろうと思っている。だってそうしなきゃ、私は生きていけない。一家の大黒柱が失踪して、母には生活能力がない。私のバイト代だけじゃ、近いうちに行き詰る。
頭を下げた私に、返事はしばらくなかった。高校生になって急に教えろだなんて虫が良すぎるのは分かっている。でも私にはもう、母の教えしか、自分を救う手立てはないのだ。
十分ぐらい経っただろうか。いくらなんでも長すぎる。そっと視線を上げた私が見たものは、ドラマに夢中になっている母の姿だった。
あっけらかんと言われて、動揺しないはずがなかった。
どうしてって、もちろん相手の人生がかかってるからだ。真面目にやらなきゃ失礼だ。手を出したその瞬間に、責任は発生する。責任を負うということは、真面目に取り組むということだ。
なのに母は、声を上げて笑った。
笑い転げる母の後ろで、左京さんが犯人相手にキレていた。いや、ここは母にキレてくれよ。なんだこのおばさん、失礼にもほどがあるだろ。
ひとしきり笑った母は、急に真顔になって言った。
何がかかってるって言うの。
母のどこか冷たく聞こえる声に、違う、と反論したくなった。何が違うのかも、分からずに。
ぐっと唇を引き結んで反抗的に睨みつける私を、母はほろ苦い表情で見つめ返した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!