朝子さんから中古のスマホをもらって、格安プランの契約をした。電話はかけ放題じゃないけど、ネットは月3Gで千六百円は悪くない。ちなみに友人が話題に出す3Gだの5Gだのは、通信量だと初めて知った。ずっと重力のことだと思ってた。
ネットにアクセスする手段を得た私は、さっそく"スパイダーウェブ"に登録することにした。"スパイダー"としての名前はどうしようか。
小さな画面から顔を上げると、母が仁王立ちしていた。
また勝手に抜け出してきたのか。ここに本物の自由奔放な大人がいる。私が知る限り、一番まともじゃないのがこの母親だ。
叱られて渋々立ち上がる。ラップのかかった皿を電子レンジに入れて、2分にセット。母はテーブルの上のスマホを覗き込み、不思議そうな顔をしていた。
夕飯を食べ終わると、登録作業を再開した。名前、名前……駄目だ思い浮かばん。こういうの苦手なんだよ。
本名でやるわけにもいかない。ユータンだってそうだし、他の"スパイダー"だってほとんどがニックネームと分かる名前で活動している。
母が手を叩きながら言った。
ヒロ子だから、ロコちゃん。少し考えて、悪くないと思った。
さっそく入力するが、スマホってなんでこうも文字を打つのが難しいんだろう。右に左に指を動かさないといけなくて、ガラケーでさえ打つのが遅かった私には至難の技だ。
名前とプロフィール、顔写真はまた今度でいいか。必須項目をすべて埋めて送信、と。
くるくると輪が回る。画面が一瞬暗くなり、そして。
『スパイダーウェブへようこそ』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!