第7話

今日の運勢
2,898
2020/11/13 13:40

パパパー…




ビルの窓から真下を覗けば、せっかちな車同士が道を譲れとクラクションを鳴らし、立ち往生している。




どれだけ煽り運転等が世間で無かれとされているご時世でも、結局やる人はやるのだから。




何事においても、変われない人は変われない。




俺もその一人だ。





コーヒーを飲み干して、ふと空き缶に書いてある文字に目がいく。





“ 今日の運勢☆ラッキーアイテムはケーキ ”





はいはい、この手の占いは信じませんよー、とゴミ箱に投げ入れた。





パーマをかけたはいいが、もともと短くない前髪が目元にかかり邪魔くさい。




くしゃくしゃとよけて、よし、仕事戻るか、と伸びをすると、ポケットに入れていたスマホが震えた。





画面を開けば、“ 見て! ”と書かれたメッセージと写真が一枚。





営業部の成績表の前で笑顔でダブルピースをしている写真だ。





“ 今年成績いちばん! ”





恋人からの無邪気な連絡に自然と頬が緩む。



同じ会社に勤めていても、企画開発と営業ではやっていることが全く違う。




大我の良さを知っている分、評価されているのは嬉しい。





“ おめでとう ”




と、返事をし、スマホをポケットに戻すと、廊下からバタバタと走る音がして、休憩室のドアが開いた。




「見つけた!」



「うおっ、びっくりした」





ハァハァと肩で息をしながら、嬉しそうに笑う。





「北斗に直接言いたくて、企画開発行ったら休憩行ったって言ってたから、はぁ、各階の休憩室全部、っはぁ、探し、はぁっ」


「ちょっと落ち着こうか」





本当に面白い。
走り回った小学生のように息を切らして説明する姿が、滑稽で、可愛い。




「なに、階段で全部回ったの?ここ、12階だよ?」




コクコクと頷きながら、膝に手をついて息を整える大我に歩み寄り背中を撫でた。




すると顔だけ上げて、また嬉しそうに笑った。






「この成績、北斗のおかげだから、どうしてもすぐにありがとうって伝えたくて」



「俺?…いや、何もしてないけど…」




突拍子もない言葉に、驚きつつも、全く実感がなく戸惑った。





「北斗と一緒に住み始めて、俺商品にめちゃくちゃ詳しくなったの」





確かにリモートワークが増えてからは、リモート会議も自宅のダイニングテーブルでノートパソコンを使って参加することが多かった。


俺が会議をしていると、大我は決まって正面の椅子に座ってゲームをしていたような気がする。




「北斗の説明って、ほんとに学校の先生みたいにわかりやすいから、すぐ覚えちゃった」



「………そっか」





ダメだ、不覚にも少し嬉しい。


 

「あー、照れてますー?」


「やかましい」





北斗可愛い〜と言いながら、わざわざ正面に回ってきて顔を覗き込んでくる。



頬をツンツンと指で突かれて、それを払えば、背伸びをして頭をくしゃくしゃと撫でてくる。




他人にこんなことをされたら、絶対嫌なはずなのに、ほんと、何でこんなに愛おしいのだろうか。





「だぁー、もう、いいから!わかった!わかったから」


「へへ〜」




いたずらっ子のように笑い、はしゃぐ姿に、自分の悩んでいたことなんてどうでもよく感じる。




「北斗は?何かあった?」





はしゃいでいた姿から一変、心配そうにこちらを見る。


ころころ変わる表情に、俺はいつもペースを持っていかれるんだ。





「…別に、大事な会議でちょっとミスっただけ」



「大事な会議?」



「新商品のプレゼン。久しぶりに飛んだ」




やっぱ読み原用意しておくべきだったわと言うと、大我は、よしよしとまた頭を撫でてきた。




「気にすることないよ、北斗の言葉って説得力あるし、絶対成功すると思う。…声もいいし?」


「はは、関係なっ」




大我はいつも俺のマイナスな部分を受け止めて、包んで返してくれる。


ネガティブな俺は、明るい大我にどれだけ助けられているだろうか。




「それに俺なんて、今日職員証忘れたからオフィスのエレベーター全部乗れないし!」


「だから階段使ってんだ」


「セキュリティ厳しすぎだよなー」




そう言って、やれやれと首を振る大我に、つい吹き出した。




「あー!今コイツ間抜けだなぁって思ったな!」


「何でわかんの、当たり」





膨れる大我を見て、久しぶりに家以外でこんなに笑った。




「…はぁーあ、おもしろ」


「なんだよー」




ごめんごめんと、今度は俺が大我の頭を撫でた。




「…じゃあ、今日お祝いしてよ」


「いいよ?何がいい?」


「ケーキ!」




生クリームのイチゴ乗ってるやつ!ホールで!と嬉しそうにリクエストをしてくるから、もちろん、いいよと答えた。




そろそろ、戻らなければ。




 
「北斗、時間?」



「ん、そろそろ戻るわ」



「ちょっと待って!」




大我はそう言って、最後にこれ見て、とスマホを俺の顔に近づけた。




「…いや、真っ暗だけど…ん」




目の前からスマホの画面が消えて、一瞬、ほんの一瞬だけ、触れるだけのキスをされた。





「…おま、ここ、会社」



「元気の出るおまじない〜」



俺も元気出たわ〜、と笑うと、じゃあ今日帰ったらお祝いだから残業とか無しだからな!とだけ言い残し、休憩室から出て行ってしまった。




「……はぁ、もう」




まるで台風だ。
俺の心は色んな感情で大荒れ。



でも台風が過ぎ去った時と同じように、気持ちはカラッと軽やかになっている。




自分のミスを昇華するのに時間がかかる、なかなか変われない俺を、一瞬で元気付けてくれる存在は、きっとお前しかいないよ。




さすがに戻らなければと休憩室を出たところで、またスマホが震えた。






“ 松村くんの提案した商品が、クリスマスコフレとして店頭に並ぶことが決まったぞ! ”





どんなに悩んだって仕方がない、わかってる。

俺は俺なりに、へこみながら、やっていけばいい。




その場で小さくガッツポーズをして、エレベーターに乗り込んだ。



街は少しずつクリスマスカラーへと色を変えていく。



今日のケーキどこで買おうか。



喜ぶ顔を思い浮かべては、エレベーターのガラスに映る自分の緩んだ顔に、はっとする。





おいおい、ゆるみきってんなー、俺。




早足でデスクに戻ると、横の席の後輩から声をかけられた。




“ さっき営業の京本さんが松村主任のこと探してましたよ”



「ああ、もう会えたので、ありがとうございます」



“ いえ… ”そう言って何故がその後輩は、顔を赤らめた。




ふとデスクのパソコンに視線を戻すと、メールが一通。

社内用のアドレスだ。




【ほくとへ!
ケーキは駅前のいちばんいいやつでお願いします!  たいが】




相変わらずやけに、ひらがなの多いメールだな。




【了解。俺も大きいの決まったよ。】




返信を送るとすぐにまたメールが届いた。





【おめでとう!ほくともお祝いしような!プレゼントは、おれ!】





おうおう、ほんと流石俺のツボをわかっている。



うん、悪くないかもしれないな。




今日の運勢とやら。






continue.






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