パパパー…
ビルの窓から真下を覗けば、せっかちな車同士が道を譲れとクラクションを鳴らし、立ち往生している。
どれだけ煽り運転等が世間で無かれとされているご時世でも、結局やる人はやるのだから。
何事においても、変われない人は変われない。
俺もその一人だ。
コーヒーを飲み干して、ふと空き缶に書いてある文字に目がいく。
“ 今日の運勢☆ラッキーアイテムはケーキ ”
はいはい、この手の占いは信じませんよー、とゴミ箱に投げ入れた。
パーマをかけたはいいが、もともと短くない前髪が目元にかかり邪魔くさい。
くしゃくしゃとよけて、よし、仕事戻るか、と伸びをすると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
画面を開けば、“ 見て! ”と書かれたメッセージと写真が一枚。
営業部の成績表の前で笑顔でダブルピースをしている写真だ。
“ 今年成績いちばん! ”
恋人からの無邪気な連絡に自然と頬が緩む。
同じ会社に勤めていても、企画開発と営業ではやっていることが全く違う。
大我の良さを知っている分、評価されているのは嬉しい。
“ おめでとう ”
と、返事をし、スマホをポケットに戻すと、廊下からバタバタと走る音がして、休憩室のドアが開いた。
「見つけた!」
「うおっ、びっくりした」
ハァハァと肩で息をしながら、嬉しそうに笑う。
「北斗に直接言いたくて、企画開発行ったら休憩行ったって言ってたから、はぁ、各階の休憩室全部、っはぁ、探し、はぁっ」
「ちょっと落ち着こうか」
本当に面白い。
走り回った小学生のように息を切らして説明する姿が、滑稽で、可愛い。
「なに、階段で全部回ったの?ここ、12階だよ?」
コクコクと頷きながら、膝に手をついて息を整える大我に歩み寄り背中を撫でた。
すると顔だけ上げて、また嬉しそうに笑った。
「この成績、北斗のおかげだから、どうしてもすぐにありがとうって伝えたくて」
「俺?…いや、何もしてないけど…」
突拍子もない言葉に、驚きつつも、全く実感がなく戸惑った。
「北斗と一緒に住み始めて、俺商品にめちゃくちゃ詳しくなったの」
確かにリモートワークが増えてからは、リモート会議も自宅のダイニングテーブルでノートパソコンを使って参加することが多かった。
俺が会議をしていると、大我は決まって正面の椅子に座ってゲームをしていたような気がする。
「北斗の説明って、ほんとに学校の先生みたいにわかりやすいから、すぐ覚えちゃった」
「………そっか」
ダメだ、不覚にも少し嬉しい。
「あー、照れてますー?」
「やかましい」
北斗可愛い〜と言いながら、わざわざ正面に回ってきて顔を覗き込んでくる。
頬をツンツンと指で突かれて、それを払えば、背伸びをして頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
他人にこんなことをされたら、絶対嫌なはずなのに、ほんと、何でこんなに愛おしいのだろうか。
「だぁー、もう、いいから!わかった!わかったから」
「へへ〜」
いたずらっ子のように笑い、はしゃぐ姿に、自分の悩んでいたことなんてどうでもよく感じる。
「北斗は?何かあった?」
はしゃいでいた姿から一変、心配そうにこちらを見る。
ころころ変わる表情に、俺はいつもペースを持っていかれるんだ。
「…別に、大事な会議でちょっとミスっただけ」
「大事な会議?」
「新商品のプレゼン。久しぶりに飛んだ」
やっぱ読み原用意しておくべきだったわと言うと、大我は、よしよしとまた頭を撫でてきた。
「気にすることないよ、北斗の言葉って説得力あるし、絶対成功すると思う。…声もいいし?」
「はは、関係なっ」
大我はいつも俺のマイナスな部分を受け止めて、包んで返してくれる。
ネガティブな俺は、明るい大我にどれだけ助けられているだろうか。
「それに俺なんて、今日職員証忘れたからオフィスのエレベーター全部乗れないし!」
「だから階段使ってんだ」
「セキュリティ厳しすぎだよなー」
そう言って、やれやれと首を振る大我に、つい吹き出した。
「あー!今コイツ間抜けだなぁって思ったな!」
「何でわかんの、当たり」
膨れる大我を見て、久しぶりに家以外でこんなに笑った。
「…はぁーあ、おもしろ」
「なんだよー」
ごめんごめんと、今度は俺が大我の頭を撫でた。
「…じゃあ、今日お祝いしてよ」
「いいよ?何がいい?」
「ケーキ!」
生クリームのイチゴ乗ってるやつ!ホールで!と嬉しそうにリクエストをしてくるから、もちろん、いいよと答えた。
そろそろ、戻らなければ。
「北斗、時間?」
「ん、そろそろ戻るわ」
「ちょっと待って!」
大我はそう言って、最後にこれ見て、とスマホを俺の顔に近づけた。
「…いや、真っ暗だけど…ん」
目の前からスマホの画面が消えて、一瞬、ほんの一瞬だけ、触れるだけのキスをされた。
「…おま、ここ、会社」
「元気の出るおまじない〜」
俺も元気出たわ〜、と笑うと、じゃあ今日帰ったらお祝いだから残業とか無しだからな!とだけ言い残し、休憩室から出て行ってしまった。
「……はぁ、もう」
まるで台風だ。
俺の心は色んな感情で大荒れ。
でも台風が過ぎ去った時と同じように、気持ちはカラッと軽やかになっている。
自分のミスを昇華するのに時間がかかる、なかなか変われない俺を、一瞬で元気付けてくれる存在は、きっとお前しかいないよ。
さすがに戻らなければと休憩室を出たところで、またスマホが震えた。
“ 松村くんの提案した商品が、クリスマスコフレとして店頭に並ぶことが決まったぞ! ”
どんなに悩んだって仕方がない、わかってる。
俺は俺なりに、へこみながら、やっていけばいい。
その場で小さくガッツポーズをして、エレベーターに乗り込んだ。
街は少しずつクリスマスカラーへと色を変えていく。
今日のケーキどこで買おうか。
喜ぶ顔を思い浮かべては、エレベーターのガラスに映る自分の緩んだ顔に、はっとする。
おいおい、ゆるみきってんなー、俺。
早足でデスクに戻ると、横の席の後輩から声をかけられた。
“ さっき営業の京本さんが松村主任のこと探してましたよ”
「ああ、もう会えたので、ありがとうございます」
“ いえ… ”そう言って何故がその後輩は、顔を赤らめた。
ふとデスクのパソコンに視線を戻すと、メールが一通。
社内用のアドレスだ。
【ほくとへ!
ケーキは駅前のいちばんいいやつでお願いします! たいが】
相変わらずやけに、ひらがなの多いメールだな。
【了解。俺も大きいの決まったよ。】
返信を送るとすぐにまたメールが届いた。
【おめでとう!ほくともお祝いしような!プレゼントは、おれ!】
おうおう、ほんと流石俺のツボをわかっている。
うん、悪くないかもしれないな。
今日の運勢とやら。
continue.
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。