「やばい!うまそう!」
向かい側に座っている浴衣姿の恋人が、嬉しそうに目を輝かせて、手を合わせている。
「もう食べてもいい?」
「手合わせちゃってるし、全く待つ気ないじゃん」
いつもながらの天然な行動に、思わず笑ってしまう。
どうぞ、と言うと、一層嬉しそうな顔をして、いただきまーす!と小学生のように笑った。
「あ、酒も、はい」
テーブルの下から瓶を取り出し、それを片手に大我を見ると、瓶の底をまじまじと見て、眉を顰めた。
「あぁ、これ、飲んだことない?ハブ酒」
「ヘビじゃん!」
ひぃっと声を出して肩をすくめる大我の腕を掴んで、「大丈夫だって、ぺろって舐めてみるだけ」とグラスにほんの少しだけ注いだ。
「やだよー…怖ぇよー…」
目をぎゅっと瞑って、グラスを傾け、舌先に少しだけ酒をつける。
次の瞬間、目をパッと開き、「なにこれウマ!」と驚いたように笑った。
ええ、ええ、そうでしょうよ。
今日、この日のためにわざわざ沖縄からプライムして、女将さんに許可まで取って持ち込ませてもらいましたから。
「見た目最悪だけど、ウマ!」
「だろ?お湯割りがさらに美味いんだよ」
「まじか、飲む」
興味津々の大我に、お湯割りを作って渡す。
自分もほどほどに飲みながら、二人して豪華な夕餉に舌鼓を打った。
しばらく他愛のない話をしながら、食べたり飲んだりしていると、トイレに行きたくなり、大我を残して席を立った。
少しして戻ると、ひとりで更に飲みすすめていた大我がこちらを見て「おかえり」と微笑む。
「…ねぇ、北斗、」
「んー?」
「温泉、入ろうよ」
そう言って窓の外を見上げる目に、きらきらと雪が映って、なんとも言えない美しさを放っていた。
「こんな綺麗なのに、今入らなくちゃ勿体ないよ」
こちらに向き直してニシシと子供のように笑うから、確かに、と返事をして立ち上がった。
「お〜い、立たせて〜」
大我の横へ行くと、手を伸ばして珍しく甘えてくる。
仕方ないなぁと、その手を掴む。
「よいっしょ、」
引き上げると、少しよろけながら立ち上がる。
そのまま腰を抱きこんで引き寄せれば、ふわりと腕の中に飛び込んできた。
「っ…、びっくりしたー」
俺の胸に手を添えて見上げてくる顔は、少し赤らんで、色っぽく見える。
濡れた薄い唇に、たまらなくなって、唇を近づけると、「ねぇ、風呂は?」とすんでのところで喋り出すから、
もどかしくて、そのまま無視して唇を塞いだ。
「んん…、んっく」
上顎を舌先にでなぞり、そのまま舌を絡めると、俺の浴衣にしがみついてくる。
小さなリップ音と共に唇を離せば、大我は口を細く開けたまま肩で息をした。
「……やば…、気持ち、い」
そう呟くと、今度は俺の首にぐるりと腕を回し、背伸びをして唇を塞いできた。
何度も角度を変え、啄むようなキスをしては、また舌を絡める。
気持ちよさそうに目を細める大我に、柄にもなく夢中でキスをした。
「…っは、もう、限界…」
酸欠になった大我が唇を離し、俺の胸にくたりと頭をもたげた。
顔にかかった前髪を梳くと、こちらを見上げて、俺の頬を撫でる。
「…北斗、」
「ん?」
「……すき」
「……なに、今日超大胆じゃん」
「…俺も、わかんねぇ…」
目を潤ませて、頬を撫でていた手をそのまま口元に滑らせ、俺の唇をなぞる。
ああ、もう。
ありがとう、ハブ酒。
“ 強壮強精 ”
噂は誠だったか。
そう、せっかくの二人きりの旅行なのだから。
ただのんびり過ごすなんて、若さを持て余すにも程がある。
何のための有休だよ、と。
そうだよ、健気に調べたんだよ。
“ マカ ”とか“ マムシ ”とか、
流石の大我でも聞いたことありそうだったから、あえての“ ハブ ”。
ちゃんと知らないでいてくれて、ほんと、ありがたい。
「……何でそんなエロい顔してんの?」
「んー…」
首に腕を巻き付かせたままの大我をひょいと持ち上げて、眉間にキスを落とす。
「風呂入る?」
そう言って中庭に向かって歩き出すと、胸元をぐいっと引っ張られ、首に大我の歯が当たる。
「…やだ、スポーツ、先がいい」
自分で言っておいた言葉ながら、恋人が強請るように言ってくると、なんだか非常に卑猥で恥ずかしい。
蕩けた表情の大我に口付けを落とすと、夕餉に紛れた瓶の中のヘビと目が合う。
よう、最高だよ、ヘビさん。
心の中で敬礼をし、大我を隣の部屋の布団に下ろし、浴衣の帯を解いた。
continue…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!