第10話

湯煙-その弐-
2,904
2021/01/04 09:12


「やばい!うまそう!」





向かい側に座っている浴衣姿の恋人が、嬉しそうに目を輝かせて、手を合わせている。






「もう食べてもいい?」



「手合わせちゃってるし、全く待つ気ないじゃん」





いつもながらの天然な行動に、思わず笑ってしまう。




どうぞ、と言うと、一層嬉しそうな顔をして、いただきまーす!と小学生のように笑った。





「あ、酒も、はい」




テーブルの下から瓶を取り出し、それを片手に大我を見ると、瓶の底をまじまじと見て、眉を顰めた。




「あぁ、これ、飲んだことない?ハブ酒」


「ヘビじゃん!」




ひぃっと声を出して肩をすくめる大我の腕を掴んで、「大丈夫だって、ぺろって舐めてみるだけ」とグラスにほんの少しだけ注いだ。




「やだよー…怖ぇよー…」




目をぎゅっと瞑って、グラスを傾け、舌先に少しだけ酒をつける。



次の瞬間、目をパッと開き、「なにこれウマ!」と驚いたように笑った。





ええ、ええ、そうでしょうよ。
今日、この日のためにわざわざ沖縄からプライムして、女将さんに許可まで取って持ち込ませてもらいましたから。





「見た目最悪だけど、ウマ!」



「だろ?お湯割りがさらに美味いんだよ」



「まじか、飲む」





興味津々の大我に、お湯割りを作って渡す。


自分もほどほどに飲みながら、二人して豪華な夕餉に舌鼓を打った。








しばらく他愛のない話をしながら、食べたり飲んだりしていると、トイレに行きたくなり、大我を残して席を立った。



少しして戻ると、ひとりで更に飲みすすめていた大我がこちらを見て「おかえり」と微笑む。





「…ねぇ、北斗、」



「んー?」




「温泉、入ろうよ」





そう言って窓の外を見上げる目に、きらきらと雪が映って、なんとも言えない美しさを放っていた。






「こんな綺麗なのに、今入らなくちゃ勿体ないよ」





こちらに向き直してニシシと子供のように笑うから、確かに、と返事をして立ち上がった。





「お〜い、立たせて〜」




大我の横へ行くと、手を伸ばして珍しく甘えてくる。




仕方ないなぁと、その手を掴む。






「よいっしょ、」






引き上げると、少しよろけながら立ち上がる。



そのまま腰を抱きこんで引き寄せれば、ふわりと腕の中に飛び込んできた。




「っ…、びっくりしたー」




俺の胸に手を添えて見上げてくる顔は、少し赤らんで、色っぽく見える。



濡れた薄い唇に、たまらなくなって、唇を近づけると、「ねぇ、風呂は?」とすんでのところで喋り出すから、


もどかしくて、そのまま無視して唇を塞いだ。





「んん…、んっく」




上顎を舌先にでなぞり、そのまま舌を絡めると、俺の浴衣にしがみついてくる。



小さなリップ音と共に唇を離せば、大我は口を細く開けたまま肩で息をした。





「……やば…、気持ち、い」




そう呟くと、今度は俺の首にぐるりと腕を回し、背伸びをして唇を塞いできた。




何度も角度を変え、啄むようなキスをしては、また舌を絡める。




気持ちよさそうに目を細める大我に、柄にもなく夢中でキスをした。





「…っは、もう、限界…」




酸欠になった大我が唇を離し、俺の胸にくたりと頭をもたげた。



顔にかかった前髪を梳くと、こちらを見上げて、俺の頬を撫でる。




「…北斗、」




「ん?」



「……すき」




「……なに、今日超大胆じゃん」



「…俺も、わかんねぇ…」





目を潤ませて、頬を撫でていた手をそのまま口元に滑らせ、俺の唇をなぞる。





ああ、もう。




ありがとう、ハブ酒。




“ 強壮強精 ”




噂は誠だったか。






そう、せっかくの二人きりの旅行なのだから。



ただのんびり過ごすなんて、若さを持て余すにも程がある。




何のための有休だよ、と。




そうだよ、健気に調べたんだよ。





“ マカ ”とか“ マムシ ”とか、
流石の大我でも聞いたことありそうだったから、あえての“ ハブ ”。




ちゃんと知らないでいてくれて、ほんと、ありがたい。









「……何でそんなエロい顔してんの?」





「んー…」





首に腕を巻き付かせたままの大我をひょいと持ち上げて、眉間にキスを落とす。




「風呂入る?」




そう言って中庭に向かって歩き出すと、胸元をぐいっと引っ張られ、首に大我の歯が当たる。




「…やだ、スポーツ、先がいい」




自分で言っておいた言葉ながら、恋人が強請るように言ってくると、なんだか非常に卑猥で恥ずかしい。





蕩けた表情の大我に口付けを落とすと、夕餉に紛れた瓶の中のヘビと目が合う。






よう、最高だよ、ヘビさん。





心の中で敬礼をし、大我を隣の部屋の布団に下ろし、浴衣の帯を解いた。






continue…

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