ぎこちない菜乃花の態度に、春斗は首をかしげた。
春斗は数秒黙りこむと、スッと手を差し出した。
そして、菜乃花の手を掴んだ。
菜乃花は首を横にふった。
そう言うと、菜乃花の指に自分の指を絡めるようにして、握り直した。
菜乃花は少し迷ったが、また首を横にふった。
春斗は、ゆっくりと菜乃花に近づいていき、菜乃花の背中が壁につくと、トンっと壁に手をおいた。
そして、顔を近づけていき、菜乃花の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
〈バンッ〉
菜乃花は、春斗を突き飛ばした。
春斗はうつむき、もう、前を見ようとしなかった。
しばしの沈黙のあと、春斗が口を開いた。
菜乃花は、戸惑い、尋ねた。
相変わらず俯いたまま、春斗は答えた。
そういい残すと、足早に去っていった。
菜乃花の声は虚しく、春斗に届くことはなかった。
ただ、寂しげに、廊下に響き渡っていた。
しばらくして、菜乃花は決意をしたように、屋上へ走っていった。
「そこに澄人がいる」
と、直感的に感じ取っていた。
菜乃花の思った通り、屋上には澄人の姿があった。
澄人の、寂しげで、有無を言わせない雰囲気に、菜乃花はただ頷くことしか出来なかった。
思いもよらない澄人の言葉に、菜乃花は言葉を失った。
「違う」
その一言が、言えなかった。
一拍置いて、澄人は再び口を開いた。
やっとのことで、声を振り絞った菜乃花は、震える声で、そう呟いた。
そして
叫んだ。
まだ、震えている声のままで。
菜乃花の言葉を最後まで聞かずに、澄人はその場をあとにした。
菜乃花は弱々しく、呟くと、その場で泣き崩れた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。