第6話

恐怖の消失
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2023/03/25 08:25
楽観的だ、とは、昔からよく言われてきた。
仕事や生活、仕草に警戒感がないと。
その都度、「人生は短いのだから、楽観的に行かねば損じゃないか」と言ってきた。







2月28日、宴会が終わり、同志達は解散。

ヨシフ・スターリン書記長は、「呼び出されるまで、邪魔をしてはならない」という厳しい指示を出した。







その日は一日中呼び出しがなかった。








次の日、1953年3月2日早朝。




ジリリリリリリリリリ




静かな春の朝を、ベルの音が打ち消した。






(うぐぐ…こんな時間に誰だ?…マレンコフか、ベリヤの野郎か、伝令か………)



シルクの寝台からもぞもぞと這い出てきたのは、この家の家主、そして列強ソビエト社会主義共和国連邦の重役であるニキータ・フルシチョフ。


(全く、昨日は飲みすぎた…あのヒゲ(スターリン)のペースに合わせるとこっちが持たない。そうでなくとも機嫌を保つのに必死だってのに。1発ネタのメモ帳も尽きてきたし、本当に嫌になるぜ)

頭が痛い。それもこれも、前日、スターリンとマレンコフとベリヤ、ブルガーニンとで徹夜の飲み会をしていたからだ。

大きく背を伸ばし、フルシチョフは怪訝な顔をして電話に出た。聞き覚えの無い声がする。


(伝令だな)


しかしそれなら一体何の伝令だ。
公務の時間にはまだ早い。報告し忘れたものでもあるのか?
締切間近の粛清リストだとか…

『────』





──?











「──え?なんだって?もう一度言ってくれ」








──ですから、





『───同志スターリンが発作、昏睡状態に陥っています』











そう聞くや否や、走って屋敷を出た。二日酔いの頭をも忘れて。






大概の伝令は歯に衣を着せて報告をするものである。
そういったときの声は、媚び諂うような怯えるような色をしている。



だがあの声は、裏返ってはいても救いようも疑いようもない真実を語っていた。


どうする?

子息のアル中……もとい、ワシーリーはとても政務を担当できる能力はないし、
そのあと国民にどう説明するか?
何よりも、ベリヤにスターリンの席を奪われてはお終いである。
周辺諸国が黙っている筈も無し…


アメリカや中国、ヨーロッパの連中に付け入れられる危機もやってくるだろう。
最悪のシナリオが頭を過っては消えていく。
絶対的な存在が消え去った世界、否やソ連で何が起こるか──





しかし、頭は些か冷静だ



恨みだって売れるほど買っていたし、いつ死んでもおかしくない生活を送っていたのもまた事実。元々スターリンは身体の強い方ではない。あの年齢で前から体調を崩しがちだったのを考えれば当然のこと。
なにより、これであの恐怖政治が緩まるのならスターリンが1人や2人死んだって誰も困るものか。むしろじわじわ死んで泥沼の政争になるよかよっぽどマシだ。




ただ「変化」が恐ろしかった。だから、考えることを避けていた。それだけである。





ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンという圧倒的な崇拝対象が倒れた瞬間何が起こるかなんて、考えることを避けたくもなるだろう…

いいや、とにかく、早く着かねば。そういえば警護をつけるのも忘れていた。







(あ゛!!!パジャマのままだ!!!)







***








続く?

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