「まだ先輩とギスギスしてるの?」
マリさんは呆れ顔で聞いてきた。私の頑固さは筋金入りで、一度拗れると長い時間そのままになる。今回は酷い方だ。なんとかしたい気持ちとそうでもない気持ち、半分半分でことが進まない。日に日にスニョンさんも負のオーラを纏っているらしい。
難しい顔をしていたのか、
「今夜、会社の人とご飯行くんだけど来ない?」
一人で悩んでてもどうにもならないので有難く甘える。誰が来るのか分からなかったけど、今夜は浴びるように飲んでしまおう、と意気込んだ。
夜が来て、お店に入る。マリさんは残業があるらしく、先について待ってることに。
「お連れ様がお越しです」
10分後、そう声がかかった。早…くないか?さすが先輩。作業量が違うわ、と感激していると、入ってきたのはマリさんじゃなく、よく知る顔だった。
『お待たせーって…あれ?なんで○○さんがいるの?』
……やられた!!あの先輩、ベタな手使って…!!って気づかない私も抜けてるんだよな。
「もしかして、マリさんに誘われました?」
『そう、○○さんも?』
「…はい。はめられました?私達。」
少しの沈黙の後、スニョンさんが吹き出した。しばらくけたけたと笑って、私はそれをただ見ていた。目に浮かんだ涙を拭いて彼は、
『いや、マリさんがね、○○と仲直り早くしてくれって言ってたなーって思い出して。まさかこんなことするとはね』
せっかくご飯を食べに来たので適当に頼む。少しお酒がどちらも入った頃、彼が切り出した。
『この間、言ってた女の人の事なんだけど…』
「もう、いいですよ。気にしてませんから。」
真面目な顔に怒りが入った。
『嘘つかないで。じゃあ、なんで俺の事避けてんの。あの女が気になるって顔に書いてあるよ。』
何も言えない。気になるよ。気になるけど、知りたくない。
「言わなくていいです。いや、言わないでください。聞きたくないんです。」
『どうして?』
「分からないけど、すごく辛くて。あなたに裏切られた気がして。」
『婚約者なんだ、あの人。』
ヒュッと喉が閉まる。こんやくしゃ、婚約者。漢字に直して理解した。あの噂、ほんとだったんだ。
『○○さん。聞いて?俺はあの人と結婚するつもりはない。仕事のためにする結婚なんて、そんなの本当の愛じゃないじゃん。社長の令嬢で、断ったんだけど娘さんが乗り気で。逐一社長に報告してるから…』
彼女の誘いは断れなかった、そう続けた。ゆっくり私が理解できるように話してくれた。噂は本当。だけど、裏側は明るいものじゃなかった。
「今どきそんな話実際にあるんですね」
混乱した頭から辛うじて捻り出す。
『ね。俺も驚いた。話が進まないうちにきっぱり断るつもり。』
「そう…ですか」
ほっと一息つく。真剣な顔から怪しい笑みが漏れた。
『…安心した?あの子に気がなくて』
「ッ?!…まさか、やっとモヤモヤが消えただけです。」
『モヤモヤってどんな?詳しく教えて』
やった。墓穴掘った。
「いや、なんでもないです。本当のこと知れて良かったです。そろそろ帰りますね。」
そそくさと部屋を出ようと立ち上がると、背後に彼の気配がした。何故か進めず、私も立ち止まる。ややあって、抱き締められた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!